お情け
学校から帰った息子が、青い目を輝かせて、嬉しそうに答案用紙を見せました。それは、赤い星の印が付いた100点の算数のテストでした。ところが息子によると、先生が「終了」とおっしゃったとき、まだ解けていない問題が3つあったと言います。私は不思議に思って、「それなのに、なぜ満点だったの」と尋ねました。すると息子は、「先生は、『お情け』だって言ってたよ。僕が全部やり終わるまで待ってくださったよ」と答えました。
しゃぼん玉
アトランティック・シティーの遊歩道を夫婦で歩いていたとき、男の子が脇を駆け抜け、しゃぼん玉が降ってきました。それは、重苦しい一日に訪れた楽しい時間でした。私たちはその日、義理の兄を病院に見舞いました。また、なかなか医者に診てもらえずに困っている、姉を助けようと努力していました。海岸べりの遊歩道を歩きながらひと息つこうとしつつも、彼らの必要の大きさに圧倒されていました。 そこへしゃぼん玉が降ってきました。小さな男の子が、海風の吹く中で気まぐれに飛ばしたのですが、私にとっては大きな意味がありました。私はしゃぼん玉が大好きで、事務所の机の中には石鹸水の小瓶を常備しています。笑顔が必要なときに使うためです。
言うとおりにする
家に貯水槽が必要でした。これこれのように地下に設置して…と、はっきりした希望があったので、そう業者に伝えました。しかし次の日、現場に行くと、私の指示どおりではありません。業者が勝手に変更し、効果も半減していたので、ムッとしました。その上、指示に従わなかった言い訳をするのですから、それにもいら立ちました。
良いものまね
教会の礼拝で子どもたちにメッセージをする先生が、今日はものまねをしようと言いました。「さあ、準備はできた?まず、にわとり ! 」すると、子どもたちはパタパタと腕を動かし、クワッ、クワッ、コケコッコーと鳴きました。次は「象」、「サッカー選手」、「バレリーナ」。そして最後は、「イエスさま」でした。多くの子どもが戸惑う中、一年生の子が両手を広げ、満面の笑顔で人を歓迎する姿勢を取りました。大人たちは、拍手喝采しました。
木彫りのアヒルを作る方法
私たち夫婦は1995年、バージニア州でフィップス・フェスタス・ボーンに会いました。彼は2002年に亡くなりましたが、木彫りの匠で、その作品は本物そっくりです。ボーンは言いました。「アヒルを彫るのは簡単です。まず、木片を見ます。そして、アヒルの姿を頭に入れ、木片からアヒルではない部分を削るのです。」
あなたが祈ったから
心配ごとがあるとき、内に込めてしまいますか、それとも上に向けて放しますか。
本当の自由
オラウダ・イクイアーノ(1745-1796)が誘拐され、奴隷として売られたのはまだ11歳のときでした。彼は西アフリカから西インド諸島、ヴァージニアの植民地からイギリスへとつらい旅をしました。20歳までに自分の自由を買いましたが、それまで非人間的な扱いを受けてきたために、心身ともに傷を負っていました。
優しい影響
米国第26代大統領(1901-1909)になる数年前、セルドア・ルーズベルトは、長男が病気だと知らされました。回復していきましたが、病気の原因を聞いて打ちのめされました。医者は、息子が「燃え尽き症候群」で、その原因は父だと言いました。虚弱な少年だった父は、英雄的な戦士になるという理想を息子に押し付け、プレッシャーをかけていました。それが病気の原因だというのです。これを聞いて、ルーズベルトは優しくなる約束をしました。「息子の心身のどちらにも、もう決してプレッシャーをかけない」と言いました。
究極の旅路
マダガスカルの国道5号線からは、白砂の海岸線、ヤシの森、インド洋の美しい景色が見えます。ところが、この全長約200キロの2車線道路は、むき出しの岩と砂、そしてぬかるみだらけで、世界最悪の道だと言われています。その息を飲むような絶景を見たいのなら、四輪駆動の車とベテランの運転手、そして整備士を同乗させて旅に出るべきだそうです。