逆境の光
ダラ・トーレスは1984年から2008年までに5度のオリンピック出場を果たすという、輝かしい記録を持つ米国の水泳選手です。2008年には、自身が25年前に打ち立てた50メートル自由形の国内記録を更新しました。しかし、メダルや新記録だけが人生ではありません。けが、手術、年齢が半分くらいの選手たちと競争する大変さ…。彼女は言います。「幼い頃から、いつでも負けず嫌いでした。また、逆境には良い点もあると分かっていました。それは新しい夢の原動力です。」逆境には良い点もあるというのは、素晴らしい教訓です。トーレス選手は、逆境をバネに高みを目指しました。
なるほど!
友だちが会ったばかりの男性のことを「あなたにピッタリよ」と言いました。その人は親切で、優しい目でにっこり微笑むと言います。そして会ってみると、彼女の言うとおりでした。その男性は今では私の夫です。なるほど!どうりで彼が大好きなわけです。
釣りの教訓
波静かなピアット湖で釣りをしました。水草の生い茂っている脇に糸を垂らし、澄んだ水を上から見ていると、大きなコクチバスが出てきて竿の先の餌をじっと見つめました。そして草間に戻り、また出てくるという行動を繰り返すうちに、ついに釣り針に気づきました。すると急いできびすをかえし、二度と戻っては来ませんでした。
ハエが教えてくれたこと
今の事務所を借りたとき、数匹のハエが死んでいました。生きとし生けるものの行く道です。床や窓枠に死骸が残っていました。私はそれを片付けましたが、ひとつだけ残して眺めました。
ティッシュの箱
手術室の待合に座って思い巡らしていました。ほんの少し前ここに来たときは、たったひとりの弟が脳死だと言われました。そして今日、妻が手術を受けているのです。私は知らせを待ちながら、妻に長い手紙を書きました。周囲はざわざわしていましたが、神の静かな声を聞こうと、私は耳を澄ませていました。
苦しみの中の教訓
スクリーンの映像は大きく鮮明で、皮膚の裂けた深い傷がよく見えました。血だらけになった男を兵士がむち打ち、群衆はあざ笑います。それがあまりにもリアルなので、私は自分が痛いかのように、野外劇場の静寂の中で顔を歪めました。しかしこれは、苦しむイエスを再現する映画にすぎません。
午前2時の友
キリストを信じる信仰で堅く結ばれたグループについて聞きました。メンバーのひとりで93歳の女性は、「助けがいると思ったら、午前2時にでもグループの誰かに電話して、遠慮せず頼みごとができると感じている」と語ります。この人たちはお互いのために無条件で献身し合っています。
神は気にされないのか
飲酒運転のドライバーが事故を起こしても無傷で、しらふの被害者が重傷を負ったのはなぜでしょう。悪人が栄え、善人が苦しむのはなぜですか。身の回りで起こることに困惑して、「神さま、どうなっているの!」と叫びたいことが何度あったでしょう。
見捨てられたと感じる
クリスチャンを誘惑しようとする老練の悪魔と若輩の悪魔の架空の会話が、C.S.ルイスの著書「悪魔の手紙」の中に記されています。彼らの目標は、クリスチャンの信仰を壊すことです。しかし、先輩悪魔は言いました。「惑わされるなよ。…私たちの仕事が、最もあやうくなるのは、…人間が世界を見回して、神の形跡が全く消え失せたように感じ、なぜ見捨てたのですかと問いながらも、それでもまだ神に従うときなのだ。」
聖書には、忘れられたと感じているにもかかわらず、信仰を貫いた人たちがいます。アブラムは子孫を与えるという約束が反故(ほご)にされたと感じ(創15:2-3)、詩篇の作者も困難の最中で、神に忘れられたと感じました(詩10:1)。ヨブの問題は非常に大きく、神に殺されるのではないかと思いました(ヨブ13:15)。そしてイエスは、十字架から「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれました(マタイ27:46)。しかし、神は常に忠実でした(創21:1-7、詩10:16-18、ヨブ38:1-42:17、マタ28:9-20)。
サタンはあなたをも誘惑し、神に見捨てられたと感じさせるかもしれませんが、神はいつも近くにおられます。ご自分の子を決して見捨てられません。聖書は語ります。「主ご自身がこう言われるのです。『わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない』」(ヘブ13:5)。私たちは確信をもって「主は私の助け手です。私は恐れません」(6節)と言うことができます。