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神の愛の業

私の町の植物園は、郡の拘置所の隣にありますが、友人のジョアンは、その両方に行くのが好きだと言っていました。植物園では、ベンチに座り、自分を愛して人生を導いてくださった神に思いを巡らし、拘置所では、神から遠く離れ、何度も間違った選択をした自分を、神が救ってくださった話を、拘留中の人たちにするのです。彼女はよく私に自分の夢を熱く語りました。それは、いつか拘置所の女性たち皆が、神の愛を理解し体験するようになることでした。

キリストにあって一つ

ウィスコンシン州のウィネコンネが州の発行する道路地図から誤って削除され、町の観光収入が激減しました。町は州から分離独立すると宣言し、この事態を州政府の恥だと言う人もいました。一方、ユーモアある皮肉だと言う人もいました。やがて両者は和解しました。

神は良いお方

何ということでしょう! 巣箱の蜜蜂が全部、死んでいます。たくさんの蜜を集める元気な蜂たちだったのに。私は注意深く越冬の世話をして、暖冬の今年は、採蜜を早く再開できると期待していました。しかし、一時的な寒波で全てが台無しです。

すがすがしい気前の良さ

アルバート・アインシュタイン医科大学の講堂を埋め尽くした医学生たちは、90歳のルース・ゴッテスマンの話を熱心に聞いていました。ルースは、講演を締めくくるにあたり、在学生たちが卒業まで学費を払わなくていいように10億ドルを寄付すると公表しました。医科大学への寄付としては過去最高です。会場はどよめきと歓声に包まれました。しかし、講演後、ルースはまるで、彼女の方が贈り物をもらったように喜んでいました。彼女は寄付できて光栄だと明るく語りました。

イエスを伝えよう

アンデスの細い山道を、バスがぐんぐん登っていきます。チームの面々は、楽しそうに歌ったり笑ったりしていましたが、私は不安な気持ちで車窓を見つめていました。ガードレールもない断崖絶壁の道を、上へ上へと登り続けているのです。この短期宣教チームは、エクアドルのこんなへき地になぜ行くのだろう。そんな疑問がふと頭をかすめるや否や、私は悟りました。そこにいる方々のために死ぬ目的で、神が御子を地上に送られたのなら、神はこの方々を強く愛しておられるはずだ、と。その愛を伝えるためならば、この怖さなど乗り越えられるはずだ、と思いました。

外見と中身

ほとんどの人がジョージ・チェイスを避けていました。入り江に近い森の中の掘っ立て小屋に住んでいて、体臭がきついので、家に風呂がないことは明白でした。

謙虚なリーダー

友人のブッチ・ブリッグスは、51年間、地元の高校の水泳部のコーチとして皆に愛されています。私が「この50年で何度、州選手権で勝ったの?」と尋ねると、彼は持ち前の穏やかな口調で「一度もないよ。一度も出てないから」と言いました。それで「じゃあ、君のところの選手は?」と再度尋ねると、彼はうれしそうに「39回」と答えました。コーチの役割は確かに重要ですが、勝ったのは選手たち。それを自分の手柄にしないのがブッチです。

惜しみない愛

トッドは、新卒で就職したばかりの弟アレックスを自分の家に下宿させました。初めの半年は、家賃を取らずに。まず経済的な基盤を作れるように配慮したのです。それから数年が経ち、アレックスは家を買うことにしました。売買契約が成立すると、トッドは、「今までの家賃は銀行に預金してある。それを譲渡する」と告げました。決して小さくない額です。アレックスは、惜しみない兄の贈り物に涙しました。

イゾベルの信仰

イゾベルは、親の信仰には関わりたくありませんでした。大学では自らを不可知論者と称し、神なしで生きることを望んでいました。しかし、失恋で落ち込み、負のスパイラルに陥りました。命を絶ちたいとまで思ったのです。その絶望の淵で、両親の信仰を思いました。そして、葛藤の末、ついにイエスの救いを受け入れました。