正直に、具体的に
木曜日の夕方、車の中でブレンダとエディの恒例の会話が始まります。「どこで食べる?」「どこでもいい」。「じゃあ、ウインドミルはどう?」「ダメ。そこ以外」。「じゃあどこにする?」「だからどこでもいいってば!」
祈りましょう
フリーランスの仕事は、うまくいっていませんでした。クライアントが無理難題を押し付けるのでイライラし、やる気を失ってしまいました。手を引こうかとも思いましたが、そうすれば、既に仕上げた分の報酬はもらえず、将来の取引先を一つ失うことになるでしょう。その時、ふと気付きました。神にまだ祈っていなかったのです。
神は祈りを聞かれる
友人のクリスティンは、最近、進行性のがんだと診断された叔母の家に、夫と共に食事に行きました。食事の前に「何かひと言ある人はいますか」と叔父が言いました。クリスティンは「祈りたい人はいますか」という意味だと分かりました。叔父はキリスト者ではありませんが、クリスティンの信仰を知っているので、こう言ったのです。彼女は、神の守りを感謝し、叔母のために奇跡をと、心から祈りました。
神にお任せする
スマホを使ってチェックインしようと、空港の自動受付機に近づいて気付きました。スマホがありません。タクシーに置き忘れたのです。どうすれば該当の車の運転手に連絡が取れるでしょう。
祈りの姿勢
ジミーは長年の持病のために痛みがひどくなっていました。毎朝、聖書を読んで黙想し、祈りをささげる習慣を続けたいと願っていましたが、右を向いても左を向いても、どんな姿勢で座っても、体がひどく痛みます。ついにやけを起こして椅子を降り、膝を折ってしゃがみ込みました。すると、このひざまずく姿勢が、ひどい痛みを和らげてくれたのです。その後、ジミーは毎朝、ひざまずいて神と時間を共にしました。祈りをささげている時は、心地良いとさえ思いました。
キリストを通して近づく
駆け出し記者の頃、「記者証」の威力を実感しました。名前と社名を記した写真つきの証明書は、イベントの際に有名スポーツ選手などにインタビューする特権をくれました。しかし、救われた後、私はスポーツやキャリアが自分の偶像だったと気付きました。神の召しに従って転職し、記者証は失いましたが、祈りを通して神の玉座に近づく特権を意識するようになりました。
無力でも祈り続ける
アニータ・ベイリーは、教会の人から次のようなメッセージを受け取って胸が熱くなりました。「今日、礼拝のあいさつ係をしていると、子どもを抱いた青年が私にハグをしました。一瞬、誰かと思ったけど、ジェイレンでした! 少し立ち話をしたけれど、なかなかの好青年になりましたね!」ジェイレンは、アニータと夫エドの息子です。その人は、非行に走ったジェイレンと、息子のために打つ手がなく途方に暮れていた頃のベイリー夫妻を知っています。結局、ジェイレンは12年間、刑務所暮らしをしました。
祈りという助け合い
ハイエナの群れが孤独な雌ライオンを囲み攻撃しました。ライオンは必死に反撃して敵を追い払おうとするもついに倒れ、ハイエナが一斉に群がったその時、別の雌ライオンが駆け付けました。数秒後、さらに3頭が助太刀し、ハイエナが去るまで徹底的に抵抗しました。その後、更なる襲来に備えるかのように、並んで立って地平線を見渡しました。
神は随所におられる
ワシントンDCのランファン・プラザ駅近くで、野球帽にTシャツ姿でバイオリンを奏でる人がいました。美しい音色です。しかし、通勤客はそれを気にも留めず足早に通り過ぎていきました。足を止めて聞いていたのは、たった数人だけでした。何ともったいないことでしょう。前夜、国会図書館で演奏会を行った世界的に有名なバイオリニストのジョシュア・ベルが演奏していたというのに。ベルは、1713年製の5.5億円相当のストラディバリウスで難易度の高い名曲を次々と優雅に奏でていたのです。