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説明できない愛

教会の人たちが息子の6歳の誕生日を祝ってくれました。日曜学校の教室を風船で飾り、ケーキを机に置いて、息子が来るや否や、みんなで「誕生日おめでとう」と叫びました。息子は「ママ、教会のみんなは、なぜこんなに僕によくしてくれるの」と小声で尋ねました。私も同じことを考えていました。この小さな教会に移って半年しか経たないのに、長年の友だちのように扱ってくれたからです。

神から借り受けた祝福

友人のジェフと食事をしたとき、彼は「神よ、あなたの空気を吸い、あなたの食べ物をいただけることを感謝します」と祈りました。失業の憂き目を見たところなのに、心から神を信頼しつつ、すべてが神のものだと確信していました。私は感動しました。そして、私は、些細な日用品でも全部が神のもので、自分は単にそれを使わせてもらっているだけだと、本当に分かっているだろうかと自らに問いかけました。

最高の贈り物

友人のバーバラは長年、多くのカードや思いやりのあるプレゼントをくれました。キリストを救い主として受け入れたときは、聖書をもらいました。彼女は「毎日、神のそばで、聖書を読み、祈り、信頼と従順を育むことで、神のみそばを歩み、霊性を成長させることができる」と教えてくれました。神を深く知ることができるように導いてもらったおかげで、私の人生は変わりました。

造り主と支え主

スイス人の時計職人のフィリップは、虫眼鏡とピンセットを使ってゼンマイ式時計の細かい部品を分解し、掃除し、そして再び組み立てる工程を説明してくれました。複雑な部品を前に、最も重要な部品であるゼンマイも見せてくれました。ゼンマイはすべての歯車を動かし、時を正確に刻ませる部品です。時計は、どんなに巧みに設計されていても、ゼンマイが無くては動きません。

神に囲まれて

混雑した空港で、若い母親が孤軍奮闘していました。幼い子どもが、飛行機に乗りたくないと、泣き叫び、床を蹴って駄々をこねています。手に負えない状況の上、彼女は身重で、途方に暮れて床に座り込むと、顔を覆ってすすり泣きました。

父の記憶

記憶の中の父は、外で庭仕事か大工仕事、または面白そうな道具のあふれた地下の作業部屋で働いています。父の手はいつも休みなく何かを作っていました。車庫やデッキ、鳥小屋を建てたり、鍵を切ったり、装飾品やステンドグラスのデザインもしました。

綿毛

くまのプーさんには「たとえ、話しかけている相手が聞いていないように見えても、じっと我慢。耳に小さな綿毛が入っちゃっただけかもしれないから」という名言があります。私はだんだんと分かってきました。自分のためになるのに、あなたの忠告を聞かない人の沈黙は、耳の中の小さな綿毛のせいかもしれないし、例えば、心が折れて落ち込んでいるというような、別の原因があるのかもしれません。

祝福されるから

友人と彼女の孫たちと散歩に出ました。友人はベビーカーを押しながら、腕を振れないからスマートウォッチの歩数が増えないとぼやきました。「でも、この散歩は無駄ではないでしょ」と言うと、「ええ。でも、あの金星が欲しいのよ」と笑いました。気持ちは分ります。頑張っても結果が出ないと、がっかりします。しかし、結果はすぐ出るとは限らず、目に見えないかもしれません。

聖霊によって歌う

聖書学者で作家でもあるGキャンベル・モーガンは、20世紀初頭にウェールズで起こったリバイバルの様子を記しています。彼は、聖霊の臨在が聖なる歌の波となって渦巻いたと信じています。音楽が会衆をひとつにして、祈りや告白が自然に始まり、賛美の歌が自発的にささげられました。気分をよくした人が長々と祈ったり、自分勝手な話をしたりすると、誰かが静かに歌い出し、それに加わる人がだんだん増え、やがて他の音が聞こえないほどの大合唱になったそうです。