偏見は終わりにしよう
ジュリー・ランズマンが、数十年前、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場管弦楽団の首席ホルン奏者のオーディションを受けた時のことです。応募者はつい立ての後ろで演奏しました。結果が審査員の偏見に左右されないためです。ランズマンの演奏は1位になりました。しかし、彼女が姿を表すと、全員男性の審査員の内の数名が、彼女に背を向けて集まりました。彼らが不満なのは明らかでした。
未知の環境
頭の中をいろいろな問いが駆け巡りました。「神よ、なぜですか? これは本当にあなたのご計画ですか?」幼い子どもがいるのに、私はがんで深刻な状態だと診断されたのです。最近、家族で宣教に携わり、多くの子どもたちが救われ、御業の実を見て大喜びしたのです。それなのに、どうして……。
聞くのに早く
親しい友人の批判に反論しようとして、鼓動が速くなるのを感じました。私がネットに書いたのは、彼女のことではありません。しかし、反論する前に小さく祈りました。すると心が落ち着いて、彼女の言っていることや、彼女が傷ついた理由が分かってきました。明らかに表面的な問題ではありません。友人は傷ついていました。私は、彼女がその痛みを言葉にできるように助けようと思いました。そう決めると、自分を守る必要は無くなりました。
がれきから美を
妻のミスカは、エチオピア製のネックレスとイアリングを持っています。シンプルながら洗練されたデザインですが、驚くべきことはその背景です。数十年にわたる紛争と内戦によって、エチオピアの国土には砲弾の破片や薬包が散乱しています。エチオピアの人々は希望のためにがれきを撤去し焼けた土をきれいにします。そして、職人たちは、破裂弾や薬包の残骸でアクセサリーを作るのです。
正しい焦点
カーは教会のスモールグループの一員です。私たちは週1度会い、神について学んだことを互いに分かち合っています。彼と知り合って、1年以上経ちますが、ある夜のミーティングで、オリンピックに出場したことがあると言いました。あまりにもさらっと言ったので、ほとんど気にも留めませんでした。しかし、何と彼は、銅メダルをかけて戦ったオリンピック選手だったのです。これまで黙っていたなんて、信じられないことでした。彼にとって、その業績は特別な思い出でしたが、自分のアイデンティティの在りかは、家族、友人たち、信仰であり、そちらの方がずっと重要でした。
一滴ずつ
アビラのテレサは16世紀のキリスト者ですが、私たちは、神に全てを委ねるのではなく、自らが主導権を握ったまま、より手軽で「心地よい」方法で神に関わろうとすると言います。私たちはゆっくりとためらいがちに、時には、不承不承、神を信頼することを学びます。ですから、彼女は言います。自分の人生を都度少しずつ神に渡すのだから、完全に委ねるまで、神の贈り物を一滴ずつもらうとしても満足しなければならない、と。
神に叫び求める
ラッセル・ムーア博士は、養子を迎えるため家族で養護施設を訪ねた時、赤ん坊が保育されている部屋は驚くほど静かだったと記しています。ベビーベッドの赤ちゃんは全く泣きません。それは要求が無いからではなく、泣いてもケアしてくれる人は無いと悟っていたからです。
私たちを守る愛
ある夏の夜、鳥が突然、けたたましく鳴きました。その声は激しさを増していきます。やがて理由が分かりました。日没後、大きなタカが木のてっぺんから急降下したのです。鳥たちは危険を知らせながら散り散りに逃げていきました。
足も食器も洗う
チャーリーとジャンは、50回目の結婚記念日に、息子のジョンとカフェで朝食を取りました。その日は、人手不足のようで、店長とシェフ、10代のアルバイトでやりくりしていました。チャーリーは食べ終えると、「今から1、2時間、何か大切な用事はある?」と尋ねました。特に無いということだったので、店長に話をして、夫婦は皿洗いを始めました。ジョンはテーブルの片付けをしました。