あなたの故に神は歌う
長男が誕生して17か月が過ぎ、娘もできました。私は大喜びでしたが、少し不安もありました。男の子のことは多少知っていますが、女の子のことは未知の領域ですから。娘をサラと名付け、妻を休ませるために、彼女を寝かしつける役目を買って出ました。私の子守歌は、なぜか「ユー・アー・マイ・サンシャイン」になりました。娘を腕に抱き、時にはベッドを揺らしながら、彼女のために歌いました。すべてが愛しい時間でした。娘はすでに大人ですが、私は今でも彼女を「サンシャイン」と呼びます。
神は聞いてくださる?
教会で祈りのカードに記された内容を祈るという奉仕をしていたことがあります。その多くは匿名で、結果について知る術はありません。正直なところ、私が祈って何かが変わるだろうかと自問する時もありました。そういう疑問を持ったことがある人は多いでしょう。私も旧約聖書のハンナのように、子どもが欲しくて長年祈りましたし、父の救いもずっと祈りましたが、父は確かな信仰告白をしないまま亡くなりました。
苦難の目的
ある教会に招かれて礼拝メッセージを取り次いだ後、ひとりの女性の言葉にあぜんとしました。「先生の話によれば、私は悪くないのですか。持病のために祈り、断食し、罪を告白し、言われたことはすべてやったつもりです。でも癒やされなかったので、自分のせいだと思っていました」。私は悲しくなりました。この人は、問題の解決に対する信仰の処方箋を与えられ、それが功を奏しないのは自分のせいだと自分を責めてきました。それが間違っていることは大昔に証明されているのに、です。
神の選び
三輪タクシーの「トゥクトゥク」は便利な移動手段としてスリランカの人々に親しまれていますが、コロンボに住むロレインは、そこは宣教の場だと感じました。ある日のトゥクトゥクの運転手は、信仰について喜んで語り合う人でした。そこで、次回は福音を伝えようと心に決めました。
試練
標高4,200メートルを超えるコロラド・フォーティナーに初挑戦する息子たちは不安でした。最後まで頑張れるでしょうか。末の子は地面に座り込んで「パパ、もう限界」と何度も訴えました。しかし、私はこの試練は彼らのためだと信じました。父を信じてほしいとも思いました。もう無理だと訴えていた息子は、頂上手前で元気を取り戻し、私たちを追い抜いて一番乗りで登頂しました。不安でも父を信じて正解だったのです。
話し、信頼し、感じる
作家で神学者のフレデリック・ブフナーは、回顧録『秘密を語る』で、「話すな、信頼するな、感じるな、が、私たちが守ってきた規則でした。それを破れば悲惨でした」と語りました。悪いことが起こったときに守る家族の暗黙の規則がそうだったのです。この規則によると、ブフナーは父の自殺について話したり、悲しんだりしてはならず、心の痛みを打ち明けられる信頼できる人を求めてはいけなかったのです。
賢いクリスチャン
新型コロナウイルス感染症の影響で、世界中の学校が休校になりました。中国ではディントークというアプリを使ってオンライン授業をしましたが、このアプリの評価が下がればストアから削除されると考えた多くの生徒たちが、レビューに星1つの評価をつけました。おかげで、ディントークの評価は急降下しました。
仕えるために生きる
豪華なお絵描きセットをもらった10歳のチェルシーは、悲しい時に絵を描くと慰められると気付きました。そして、お絵描きの道具を買えない子もいると知ると、彼らを助けようと動きました。彼女の誕生日会にはプレゼントではなく、貧しい子どもたちに寄付する絵の道具を持ってきて、と頼みました。
聖書を学ぶ
神学者のJ. I. パッカー(1926年~2020年)は、著書『神を知るということ』の中で、有名な4人のキリスト者に言及し、彼らを聖書ビーバーと呼びました。神学者でなくとも、ビーバーが木にくいつくように聖書にかじりついて、神を知ろうとした人だからです。パッカーは、聖書から神を知ることは、学者だけの仕事ではないと語ります。素朴な人が聖霊に満たされて、聖書を読み、説教を聞くなら、神学的正確さだけを云々する学者よりもずっと深く、神やイエスを知るようになると語ります。