借方と貸方
夫が地元の大学で会計学を教えていたとき、何点くらい取れるかしらと思って、面白半分で試験を受けてみましたが、結果はさんざんでした。私の答えはみな間違いでした。そもそも、簿記の基本的な概念を正しく理解していなかったからです。借方と貸方を全く取り違えていました。
助けに来ました
ジェイコブ・リースは19世紀のジャーナリストで、当時のニューヨーク市の貧困をまざまざと映し出し、他人事には無関心な一般大衆にその現実を知らしめました。彼の著書「対岸の生活」は、自身の写真と文章で構成されており、その赤裸々な描写は、絶望的なまでの貧困が確かに存在するという現実を一般の人たちに突き付けました。リース自身、15人兄弟の3番目として生まれ、どん底の貧しさを経験したので、真に迫るものを書くことができたのです。
落ち穂拾い
私たち親子はブラウニー(チョコレート味の焼き菓子)が大好きで、料理の傑作のひとつだと思っています。ある日、ボールで材料を混ぜて、それを焼型に注ぎましたが、娘が少しだけ残してくれないかと言いました。彼女はちょっとだけなめたかったのです。私は笑って賛成し、「それは『落ち穂拾い』というのよ。ブラウニーから始まったわけではないけれどね…」と言いました。
予測不能
ヒラリー・ランケは有名選手ではなかったのですが、2003年、全米女子オープンで18ホールのプレーオフを制して優勝し、女子ゴルフの偉大な賞を獲得して歴史に名を残しました。そして、この優勝は彼女にとってプロ選手として唯一の勝利となりました。この驚くべき、そして心躍る勝利は、「予測不能」ということが、スポーツの醍醐味のひとつであることを表しています。
あら探しをやめる
新聞や雑誌を読むと、文法や綴りのミスに気づきます。ミスを探しているわけではないのに、それらが目に飛び込んで来るのです。私の通常の反応は、「どうしてスペルチェック機能を使わないのだろうか。校正者はいないのだろうか」と、筆者や出版社に非難の目を向けることです。
家族の特権
ガーナにいた小学生のとき、私は両親のもとを離れ、優しくて面倒見の良い家族に預けられていました。ある日、特別な家族会議に子どもたち全員が集められ、それぞれの体験を話しました。しかし次には、「血のつながった子どもたち」だけが残るように指示され、私は退出するように丁重に言われました。自分はこの家の子ではないという現実に直面しました。彼らがどれほど大切にしてくれても私は同居人にすぎず、法律上の家族ではないので、仲間に入れてもらえなかったのです。
ウェブ利用上の知恵
多くのウェブサイトには読者の感想や意見を書き込む場所がありますが、どれほど評価の高いサイトであっても、悪意ある暴言や根拠のない侮辱、失礼な投稿をする人はいるものです。
ぎりぎりまで
アイダホ州クナの南部に、地元の人が嫌う地下溶岩洞があります。私の知るかぎり唯一の開口部は大きく開いた穴で、暗闇へ急降下しています。数年前、そのギリギリの縁に立って中を見下ろしました。すると、穴に引き込まれそうな感じになってバランスを失うところでした。あまりの恐ろしさに心臓がドキドキして、そこを離れました。
神のいつくしみ
ロジャーは災難つづきでした。心臓弁膜症を治療する開胸手術を受けましたが、1~2週間で合併症を起こして再手術となりました。リハビリを始めてようやく回復し始めた頃、自転車で転んで鎖骨を骨折しました。それだけではありません。彼はこの最中に母を亡くすという悲しみも味わったのです。ロジャーは失意のどん底でした。小さいことの中にでも、神を感じたことがありますかと尋ねられて、この時期、そんな風にはとても思えなかったと言いました。