新しいDNA
骨髄移植のおかげで命を救われたクリスが4年後に血液検査を受けると、病気の快癒と同時に驚愕(きょうがく)の事実が判明しました。血液のDNAがドナーのDNAに変化していたのです。骨髄移植の目的は、患者の弱った血液をドナーの健康な血液にすることなので、道理かもしれません。しかし、頬や唇、舌から取った検体で鑑定をすると、そのDNAも変わっていました。外見や記憶などは元のままですが、クリスはある意味、別人になったのです。
正当化しない
なぜ車を止められたか分かりますかと交通警察官が尋ねると、ドライバーは心当たりがないと言いました。そこで「運転中にスマホをいじっていましたね」と諭すと、「いいえ。見ていたのはガラケーです」と反論しました。「ながらスマホ」の禁止は、ガラケーなら大丈夫というわけではありません。法律はわき見運転を禁じているのです。
はっきり言うという親切
親しい友人が私の目を見て「君は時々実際よりも敬虔に聞こえるね」と微笑みながら言いました。私はドキッとしましたが、声を立てて笑いました。優れた洞察力です。敬愛すべき友人の言葉でなければ傷ついていたでしょう。少々癇(かん)にさわりましたが、彼の正しさを認めざるを得ません。私は信仰について話すとき、わざわざ専門用語を使うようなところがあり、不誠実な印象を与えます。彼は、私のことを大切に思っているので苦言を呈してくれました。自分が純粋に信じていることを嫌味なく伝えられるように、私を助けてくれたのです。
聖別される
イギリスのスタッフォードシャーで、1742年11月、チャールズ・ウェスレーの説教に対して騒動が起こりました。チャールズとジョンというウェスレー兄弟の行動は、教会の伝統を壊しているかに見えたので、許容し難いと感じる人々がいたのです。
逃げる
合気道の入門クラスは発見の連続でした。攻撃された時は、まず逃げることを考えるといいます。「逃げられなかった時のみ、戦いなさい」と、師範が真顔で語るので、私は非常に驚きました。これほど高い自衛能力を持つ先生が、戦いから逃げろと言うのです。直観と相容れないとも思いましたが、最善の自衛は、戦い自体を避けることと説明されて納得しました。
復讐しない
その人は朝一番、軽トラで畑の点検に出かけました。すると、一番遠くの畑にまたしても大量のゴミが捨てられていました。人目を盗んで不法投棄をする人がいるのです。彼は怒りで頭に血が上りました。仕方なく生ゴミ袋を回収していると、犯人の住所が印刷された封筒を見つけました。復讐する絶好のチャンスです。その夜、彼は犯人の家に行き、その庭に畑に捨てられていたゴミだけではなく、自分のゴミまでもばらまいて帰ってきました。
神の恵みで成長する
英国の説教者チャールズ・H・スポルジョン(1834-1892年)は全力で人生を駆け抜けました。19歳で牧師になり、まもなく千人以上の会衆に説教しました。自ら編さんした説教集は63巻にのぼり、注解書や祈りの本の執筆、慈善事業も行いました。また、毎週6冊もの本を読みました。彼は礼拝説教で「何もしないのは罪の中でも最悪の罪だ…なぜなら、他のほとんどの罪を含むから…。いまわしい怠惰よ。神よ、その罪を犯さないように助けてください」と述べました。
聖さを追い求める
幸せですか、人生を満喫していますか、仕事に満足していますか、というアンケート調査はよくありますが、敬虔ですか、聖(きよ)いですか、と尋ねるアンケートは見たことがありません。あなたなら何と答えますか。
ある聖書辞典は、聖化を「神のために聖別され、それにふさわしい行いをすること」と定義します。作家のフレデリック・ビュークナーは人格について、聖化ほど実際の姿を描写するのが難しいものはないと言い、また「聖化は、『徳』のような性質ではありません…人がどうこうできることではなく、神が人になさることです」と述べました。
聖書は「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです」(ロマ6:4)と語り、キリストを信じる信仰によって驚くべき賜物が与えられると伝えます。自分を満足させようという古い性質に従わず、キリストに従順に自分を明け渡すなら、毎日、聖化が起こります。聖書は「しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです」と語ります(22節)。
あなたは日々、聖化されていますか。神の恵みと力によって「そのとおりです」と答えることができますように。