私のせいです
ドジな天才プログラマーが、初の火星探査ミッションに赴く、というコメディ映画がありました。彼は愚かなミスを連発しては「僕のせいじゃない!」と口走ります。クルーが火星に降り立つ時、彼は寸前にはしごから滑り落ち、一人着地してしまいました。そして言います。「僕のせいじゃない!」人類が火星で最初に発した言葉は、これでした。
神にすべてをささげて
シンガポールには徴兵制度があるので、私も皆と同じように18歳になると入隊しました。正直なところ、嫌々でした。2年半の任務の間、他の青年たちと同様、私は罰せられない最低限のことをしました。例えば、指示に従わなかったと言われないようにする、です。一方、与えられた任務に全力でまい進し、経験から多くを学んで、その結果、指導力と忍耐力を身に付けた仲間もいました。今、振り返ると、そのような頑張りや前向きな姿勢の方が、神に喜んでいただけたに違いないと思います。例えば、旧約聖書のヨセフのように。
収穫を待つ
ジョアン・シェトラーとアン・フェッツァーは、1962年、バスと徒歩でフィリピンの険しい山岳地帯に入りました。未伝の地に福音を届けるために厳しい旅をしたのです。彼女たちは、バランガオ族の村で5年間、彼らの母語に聖書を翻訳しましたが、村人たちは無関心でした。しかし、物資搬入のための簡素な滑走路の建設には協力しました。ある日、彼らが「異世界からの魔法」と呼んでいた飛行機が舞い降り、村の重病の妊婦を遠方の診療所に運び、後日、回復した女性と健康な赤ん坊を乗せて戻ってきました。すると人々は、自分たちに説かれてきた「この神」について尋ね始めたのです。そして間もなく、キリストを信じる人であふれかえる教会が設立されました。
見送る愛
子供の頃、母は私に言いました。「見えなくなるまで手を振って見送るのは、その人を愛しているしるしよ」。確かに、両親は、訪ねてきた親族を見送る時は、外に出て、その人が見えなくなるまで手を振っていました。時には長々と外に立っていましたが、気にしていないようでした。実家を離れた後、私はその言葉の意味を実感しました。
怒りと祈り
アウシュビッツでのおぞましい体験の後、エリー・ウィーゼルは信仰を失いました。当時を思い、「愛の神よ、あなたはどこにいたのですか。……あなたを心から信じていたのに」と葛藤していました。しかし、後に、信仰を失ったわけではないと気付きました。「信じていたからこその怒りです。今もなお、神に怒っている」と。確かに、存在を信じない相手に対して怒(いか)ることはできません。
神のまなざし
トリナは、完売のイベントのチケットを無料でもらいました。それを、聖書に挟んでおいたのですが、当日、その聖書が見つかりません。保存食の戸棚まで必死に探している所を目にした息子が不思議がると、「他の場所は全て探したし、イベントの開始まで30分しかないのよ。最初から全部見たい」と答えました。息子が「幸運の女神が去っていく恐怖だね」と言うと、母親は、声をあげて笑いました。そして二人で探索に戻ると、トリナの夫が帰宅して、「車の中に忘れていたよ」と、聖書を差し出しました。
イエスを模範に
ある若い医師の行動を病院で偶然目撃して感銘を受けました。彼は、上司らしき年配の医師とインターンたちと病室を巡回していました。彼らは、患者の病状を説明する年配の医師に熱心に耳を傾けていましたが、突然、患者が「用を足したい。でも自分は起き上がれない」と訴えました。看護助手を待つ余裕のない切羽詰まった様子で、病室の空気が緊張しました。
謙虚にささげる
ある人が2人の娘を乗せて小型機を操縦してアラスカ州ソルドトナを出発しましたが、行方不明になり、地元のパイロットたちが捜索に乗り出しました。そのうちの一人テリー・ゴーデスが、数時間後、凍てつく湖に水没しかかっている壊れた機体を発見しました。翼の上には3人が立っています。長時間立ち続けていた3人は、ついに国家警備隊に救出されました。ゴーデスは、時間や労力、燃料等を惜しみなくささげ、彼らの命を救いましたが、謙遜にも「飛行機を最初に見つけたのが、たまたま私だっただけです」と語りました。
過ちの責任を取る
万引犯に地元の店の駐車場での洗車という奉仕活動が課されました。その目的は、どんな人の不法行為にも代償が伴うと教え、再犯を防止することです。判事は、どんな人のどんな行為にも結果が伴い、償わねばならないと断言しました。