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私の隣人とは

高齢の女性が、熱い日に道で転倒し意識を失いました。数人が立ち止まり、119番に電話をしたり、自分の服を彼女の枕にしたり、脇の下を冷やしたり、日傘をさしてあげたりして、救急車の到着を待ちました。動画を投稿した人は、年齢や性別、人種を超えて、人々が救助のために協力していて、心温まる光景だったと書きました。

御父の愛を映す

スコットランドの宣教師メアリー・スレッサーは、宣教と人道的社会改革の象徴として人々に覚えられています。1848年に生まれ、1876年からナイジェリアのオコヨンに遣わされました。その地域では、双子が生まれると、どちらか一方は悪霊の子だと信じられていました。その結果、多くの双子が、飢えや危険の中に放置され、殺されました。メアリーは、神の愛の心を映して、約40年の働きの中で数百人の危険に瀕した子どもたちを救い、自らも9人を養子に迎えました。

気前よく与える心意気

大叔父の追悼式では、夫婦で温かく人をもてなし続けた彼の生涯に敬意を示し、その象徴としてローストビーフとトウモロコシ、豆の食事が提供されました。彼らは毎日曜日、教会へ行く前に、大きな肉と野菜をスロークッカー(電気煮込み鍋)にセットしました。そして、礼拝後に必ず誰かを昼食に招きました。相手は友人の場合も、初対面の人の場合もありました。どちらにしても、彼らは、必ず十分なごちそうを準備し、日曜日の午後は、客をもてなすために取り分けられていました。

祈りという贈り物

父の日のカードを買うために、重い足取りで店に入りました。15歳で家を出ましたが、もう父を恨んでいません。心の痛みを受け取ってくださいと、長い年月をかけ、祈り、内省し、やがて父を赦(ゆる)しました。しかし、何十年経っても、「最高のパパに感謝!」と書かれたカードに共感できません。そんな私は、天の御父の栄光のために、必死の思いでカード売り場に立ち、地上の父のために祈りました。

生きる道

ジョージ・ワシントン・カーバーは1860年代、奴隷として生まれました。この病気がちの赤ん坊は、奴隷商人に誘拐され、売り飛ばされそうになりました。奴隷制度がすでに廃止されていた十代の頃、彼は、白人の集団が黒人を殺すのを目撃しました。学業成績は極めて優秀でしたが、カンザス州のハイランド大学は、肌の色を理由に彼の入学を認めませんでした。しかし、彼の信仰は、それでも揺るぎませんでした。彼が座右の銘とした聖句は、箴言3章6節です。「汝(なんぢ)すべての途󠄃(みち)にてヱホバをみとめよ さらばなんぢの途󠄃を直 (なほ)くしたまふべし 」(文語訳)

神に頂いたものを分ける

スタンリーの太っ腹にはいつも驚かされます。一人暮らしの高齢者や貧しい人などに、度々食事をおごったり、物を買ってあげたりします。もう一つの驚きは、資金力も詳しい知識もなかったのに、小さな投資に大成功したことです。それを人助けに使い、感謝されると、「私ではなく、神からだよ」と言うかのように、笑顔で天を指さします。彼は、人助けができるように、神が助けてくださる、と言います。

福音を伝える備え

高校生たちが、依存症患者の回復支援施設を慰問しました。クレアは、彼女を見下ろすほど長身の20代の男性と言葉を交わしました。二人は信仰について語り合いました。クレアは、はっきりと福音を語り、男性は反論しました。彼なりの見解があったのです。二人は互いに、聞いたり、話したりと、和やかに会話しました。最後に、青年はクレアの目を見て言いました。「なるほど。君の意見には脱帽だ」

神の栄光と威厳

ロンドンのバンケティング・ハウスの壮麗な天井画は、チャールズ1世の命を受けたルーベンス卿によって、1629年より5年の歳月をかけて描かれました。そこには、チャールズの父ジェームズ1世の功績をたたえる女神ミネルバや鷲の翼に乗って天へ運ばれていくジェームズ自身が描かれています。この絵の目的は、彼ら父子の統治を神の統治と思わせることでした。この晩さん会場に集った客たちは、天井を見上げ、チャールズや彼の父は、事実上、神であるという、王の明確なメッセージを受け取りました。

与えたり、もらったり

メラニーが、頻繁に頭痛に悩まされる原因は、脳下垂体にできた良性の腫瘍だと分かりました。その腫瘍は卵ほどの大きさで、2003年に手術で摘出されましたが、3年後に再発し、再度摘出手術を受けました。3度目の再発は2017年。この時は、放射線治療を選び、髪を失いました。息子マットは、髪を伸ばし、母親のウィッグを作りました。