Category  |  あわれみ

がれきから美を

妻のミスカは、エチオピア製のネックレスとイアリングを持っています。シンプルながら洗練されたデザインですが、驚くべきことはその背景です。数十年にわたる紛争と内戦によって、エチオピアの国土には砲弾の破片や薬包が散乱しています。エチオピアの人々は希望のためにがれきを撤去し焼けた土をきれいにします。そして、職人たちは、破裂弾や薬包の残骸でアクセサリーを作るのです。

スマホで寛大さを示す

出前が時間通りに来なければ、星一つの評価をスマホで付けられます。店員の態度がイマイチならば、批判的なコメントが書けます。スマホはショッピングや交友関係の維持を手伝ってくれますが、同時に、相手を公然と評価する力を私たちに与えました。これはある意味問題です。

難民をもてなす

戦禍を逃れてベルリン駅に着いた多くのウクライナの女性と子どもたちは驚きました。あなたに避難場所を提供すると書いた紙を手に、多くのドイツ人家族が待っていたのです。「我が家は2人、受け入れ可能!」「大部屋あります」。なぜこんな親切をするのかと尋ねられた女性は、ナチスから逃げた母と同じような境遇の人を助けたいと答えました。

証人

ヘンリー・W・ロングフェロー(1807-1882)の詩『証人』は、沈没奴隷船を描いています。彼は「鎖につながれた骸骨」とつづり、無数の無名の犠牲者を悼みます。そして「これらは奴隷の悲痛な叫び。彼らは奈落の底からにらみつける。名もない墓から叫ぶ。我らはその証人!」と終わっています。しかし、この証人たちは、誰に向かって語るのでしょう。沈黙の証言など無駄ではありませんか。

粘り強く祈る

お針子のアン・ロウは、1917年、有名な服飾デザイナー学校に合格し、フロリダから意気揚々とニューヨークにやって来ました。ところが、黒人とは知らなかったと言われ、追い返されそうになりました。しかし、アンは「神よ、ここにいられますように」と祈って踏ん張りました。根負けした校長は入学を許可しましたが、人種分離政策のためにアンは教室には入れず、廊下で授業を聞きました。

良いことをして叱られる

小学6年生の少女が、同級生がカミソリで自傷行為をしようとするのを目撃し、正しいことをしようと、それを取り上げて捨てました。すると、褒められるどころか10日間の停学処分になりました。カミソリの所持は(短時間でも)学校の禁止事項で、それに背いたというのです。しかし、また同じ場面に遭遇したらどうするかと聞かれると、少女は「罰せられても同じようにする」と答えました。この処分は後に取り消されましたが、彼女は正しいことをして処分されたのです。イエスの場合も、神の国を世に引き入れようとして、時の宗教指導者に憎まれました。

強者と弱者

ステッドファミリー小児病院の最上階の部屋は、床から天井までガラス張りで、隣にあるキニックスタジアムが一望できます。アイオワ大学アメフトチームが試合をするときには、心温まる行事があります。第1クオーターが終わると、その部屋から見学している入院中の子どもやその家族に向かって、コーチ、選手、観客が手を振るのです。その瞬間、子どもたちの目が輝きます。多くの人が自分たちのことを気にかけていると知って、彼らは元気をもらうのです。

ヒヒ、ろば、私

ジャックは有能な信号手でした。南アフリカのヴィテンヘイズ駅で、汽笛で進路を知らせる汽車に対応し、9年間の勤務で分岐器の操作を誤ったことはありません。ジャックは、駅員のジェイムズ・ワイドに飼われていたチャクマヒヒでした。ワイドは線路に落下し、汽車にひかれて、両足を失いました。彼はジャックを訓練して家事や仕事を手伝わせました。するとやがて、進入する列車が発する信号に応じて分岐器の正しいレバーを引くことを覚えたのです。

陪審員8番

裁判官が重々しく言いました。「1人が死に、もう1人の命がかかっている」1957年公開の映画『十二人の怒れる男』の一場面です。被告の若者に不利な証拠は圧倒的でした。しかし、陪審員たちのいい加減さが、審議の中で明らかになっていきます。12人の陪審員のうち8番だけが「無罪」の票を投じると、彼に対して集中砲火が浴びせられます。その人は、証言の不一致を指摘しました。彼らは感情的になり、各々の悪意や偏見が露呈していきます。そして、1人また1人と意見を変え、無罪の票を投じていくのです。