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イゾベルの信仰

イゾベルは、親の信仰には関わりたくありませんでした。大学では自らを不可知論者と称し、神なしで生きることを望んでいました。しかし、失恋で落ち込み、負のスパイラルに陥りました。命を絶ちたいとまで思ったのです。その絶望の淵で、両親の信仰を思いました。そして、葛藤の末、ついにイエスの救いを受け入れました。

イエスに誉れを

大学内を「ランダムな親切の日」(2月17日)に歩いていると、ある女性が「追悼 ジョン・ダニエルズ:ランダムな親切の日」と書かれた封筒を差し出しました。中身は20ドル紙幣と伝道トラクトでした。彼女によると、ジョンは1年前に交通事故で他界しましたが、直前までホームレス男性の世話を焼き、イエスの愛を語っていたそうです。彼は、言葉と行動で証しを遺し、彼の家族やこの女性は、その遺志を継承しました。

御手は必ず届く

少女は16歳で懲役50年の判決を受け、刑務所の独房に収監されました。他の受刑者との接触も許されず、1年近く面会者もありません。刑務所は、教誨師(きょうかいし)の面会を許可しました。少女は、福音を聞いてイエスを受け入れ、洗礼を望みました。教誨師はビンの水で洗礼するつもりでしたが、刑務所の職員が厳戒態勢を敷き、彼女を移動式の洗礼層に誘導しました。神を信じる人々が祈る中、彼女は涙を流しました。

福音を伝える

エクアドル宣教旅行で、祈りながら訪問伝道をしました。ある時、畑で玉ねぎを収穫している人に聖書について少し話したいと言って、下手なスペイン語でしたが、自分の証しをしました。その人は作業の手を止めて聞いてくれました。一緒にいたチームの一人が聖書を音読し、その男性は、手渡した小冊子に記されたスペイン語の聖書の一節を一緒に読んでくれました。アンデスの山脈を臨む地で、福音のメッセージが読まれる。それは神聖な瞬間でした。私たちは、少し離れた所で作業していた彼の家族とも話し、この一家のために祈り、次の家に向かいました。

最初の一歩を

ディオグネトゥスは、2世紀の人物で、キリスト者がローマの迫害下で「日ごとにますます増えていく」と気付きました。彼は異教徒だったので「なぜこうなのか」と尋ねました。それに対するキリスト教会指導者の返答が、「ディオグネトゥスへの手紙」と呼ばれる歴史文書です。「罰する人を増やせば増やすほどに、まだ罰していない残りの人の数が増えているのが分かりませんか。これは人間の業ではなさそうです。神の力なのです」

最も重要なこと

フランス革命の最中、暴徒によって処刑されたファヴラ侯爵トマ・ド・マイは死刑執行令状を見せられて「誤字が三つもある」と語ったそうです。それが本当ならば、彼はより深刻な問題、すなわち、自身に迫る死を完全に無視したことになります。

イエスの代理人

アランは中高生に起業について語るセミナーの講師をしました。クリスチャンだと自己紹介したり、そうだと示すものを身に着けたりはしていませんでしたが、初日に、「先生はクリスチャンですね」と生徒の一人に言われました。態度や言動を通して「イエスが見えた」のだそうです。二人はイエスの代理人として教会の中でも外でも生きることについて話し合いました。

命を救う

フランスの反ナチ運動のメンバー、アドルフォ・カミンスキーは、身分証明書を改ざんし、多くの人を収容所行きから救いました。ユダヤ人の子ども300人のために急きょ、出生証明書、洗礼証明書、配給カードの偽造が必要になった時は、自分が1時間眠れば30人が死ぬと言い聞かせながら不眠不休で働きました。

居場所を用意する

我が家は毎年、壁掛けカレンダーを手作りします。昨年撮った写真から好きなものを選んで各月のページを飾り、特別な日には印を付けます。子どもたちが結婚したり孫ができたりすると、新しい家族の写真を付け加えて、全員が必ず載るようにするのでページが混雑します。誕生日が同じ人や、祝日と記念日の印が重なる日もあります。そのギュッと詰まったページは、我が家のカレンダーを一層大切なものにしてくれます。