惜しみなく受け、惜しみなく与える
私たち夫婦は、それぞれ学資ローンを抱えて大学を卒業しました。二人の借金を一本化する低金利のローンを地元の銀行に申し込みましたが、審査に通りませんでした。その地域での居住期間や就労期間が短すぎたのです。数日後、この一件を教会役員のミンに話すと、彼は「妻にも話をするよ」と言いました。
私は何者なのでしょう
神の働きのためにクリスチャンリーダーに奉仕を依頼する仕事をしていたことがありました。私は案内書を作り、奉仕の内容やどの程度の時間を割かなければならないかなどを説明しました。そこには犠牲が生じるので、多忙な人にお願いすることはしばしばためらわれました。しかし「光栄です」と快諾してくださる方々がいて感動しました。断る理由を述べる代わりに、神の慈しみに対する返礼として奉仕したいと言ってくださいました。
主のために使う
裁縫の殿堂という栄誉を聞いたことがありますか。2001年に設立され、「裁縫の教育と製品開発に新風を吹き込む革新的な貢献をすることで、家庭の針仕事とそれに関する産業に多大な影響を与えた」人々を表彰します。マーサ・プーレンは、2005年に殿堂入りしましたが、自分の強さ、ひらめき、祝福の源泉について公然と語るので「箴言31章の女性」と称されました。
おおらかに与える心
引っ越しの前日、友人が4歳の娘キンズリーとやって来ました。私は「行かないで」と言う幼い子をハグし、手描きの布扇子を渡して「あなたが大好きだって、これを見て思い出してね」と言いました。すると、私の使い古した紙の扇子がいいと言うので、「それは壊れているわ。私は一番良い扇子をあげたいの」と言いました。もちろん本心でした。彼女の喜ぶ顔を見て、ますます嬉しくなりました。後日、二人は私に紫色のすてきな扇子を送ってくれました。私が壊れた扇子を使うのは悲しいとキンズリーが言ったのだそうです。キンズリーは贈り物ができて喜びました。私もさらに嬉しくなりました。
明るい未来を作る
カンザス州の小さな町ネオデシャの高校で、生徒300人が驚く話を聞きました。町とつながりがある夫婦が、この先25年間、ネオデシャ出身の大学生の学費を払ってくれるというのです。彼らは驚がくし、大喜びで、涙ぐむ者もいました。
神の備え
配給品の積み下ろしをママが毎週手伝うので、3歳のバディも教会に行きます。トラックが故障したという話を聞いて、バディは「配給はどうなるの?」と心配しました。ママは新しいトラックを買うために教会が献金を募るだろうと言いました。バディはにっこりして「僕、お金あるよ」と貯金箱を持って来ました。38ドル分の硬貨が入っています。大した金額ではありませんが犠牲的な献げ物です。神は、みんなとバディの献金で新しい冷蔵トラックを購入させてくださり、教会は地域に仕え続けることができました。
ゆとりが不足を補う
アメリカの学校の食堂は、飲食店同様、食事を多めに作ります。弁当を持参する生徒もいて、その日の需要が分からないからです。余ったものは廃棄されます。一方、食べる物にも事欠く、という家庭の子もいます。そこで、余り物をパックに詰めて貧困家庭の生徒に持たせた校区がありました。フードロスと子どもの食事事情という問題を同時に解決しようとしたのです。
施し
商品を10個購入して航空会社から1,000マイルがもらえるキャンペーンがありました。一番安い商品はプリンで、それを大量に買って、34万円ほどで、無料の航空券が毎年受け取れる特別会員になった人がいました。プリンは慈善団体に寄付し、約9万円の寄付税控除を受けたそうです。何と頭のよいことか。
気前の良さと幸福感
研究者たちは、自分の財や時間を人のために使う人は、そうでない人よりも幸福感に富んでいると言います。「寄付を道徳上の義務ではなく喜びの源泉として捉えよう」と主張した心理学者もいます。