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私を用いてください

ジェームズ・モリスは「読み書きはできないが温厚な平信徒」と言われていましたが、神は彼を用いてオーガスタス・トップレディをキリストの救いに導かれました。トップレディは不朽の賛美歌「千歳の岩よ」を書いた18世紀の牧師ですが、モリスの説教を聞いた時のことを次のように述懐しています。「私は、神を信じる一握りの人たちと納屋で会し、自分の名前さえ書けない人の説教を通して、神に近づくことができた。それは確かに神の御業で、驚くべきことだ」

解放する神

リンカーン大統領の奴隷解放宣言から2年半が経ち、南軍はすでに降伏していましたがテキサス州は奴隷解放令に服しませんでした。しかし、1865年6月19日、北軍のグレンジャー将軍がテキサス州ガルベストンに入り、全奴隷を解放せよと命じました。自由の宣告を受けた人々の衝撃と喜びは、想像を絶します。

孤独な人の友

仕事でロンドンに移り住んだ当初、ホリー・クックには友だちがいなくて、週末は惨めでした。世界的な調査によると、ロンドンは憂うつな町の上位にランクされていて、市民の55パーセントが孤独だと答えています。隣国ポルトガルのリスボンではわずか10パーセントなのに……。ホリーは勇気を出し、つながりを求めて「ロンリー・ガールズ・クラブ」というSNSグループを立ち上げました。すると、約3万5千人が登録したのです。数週間ごとに開かれる少人数の集まりでは、公園でピクニック、絵画教室、アクセサリー作り、ディナー、さらには子犬の外遊びセッションなどが催されます。

気前よく与える信仰

数年前、私たちの教会は難民の受け入れを打診されました。何人かの教会員は、それに応じました。中には客間のない家に住んでいる人もいました。

限りある人生

ジョン・ハーパー牧師は、1912年4月、氷山に衝突したタイタニック号の乗客でした。彼は救命ボートの席を6歳の娘のために確保した後、救命胴衣を人に譲り、聞く耳を持つ人に福音を伝えました。船が沈没し、数百人が来る宛てのない助けを波間で待っている間、次から次へ人のもとに泳いでいき、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも……救われます」(使16:31)と語りました。

大きな心

妻は週に1度、小学校の聖書クラブでボランティアをしています。ある時、児童たちに寄付の呼びかけがありました。戦時下のウクライナの子どもたちのためです。妻がその話を11歳の孫娘にすると、 1週間後、彼女から封書が届きました。中には「貯金箱の中身全部です。ウクライナの子どもたちにあげてください。後でもっと送ります」というメモと517円が入っていました。

偶像

その時、教会にいた男性たちは、皆、80歳近くだったのに、若い頃と同様、情欲と闘っていると言いました。彼らは日々、主に従うと誓い、失敗すると告白して赦(ゆる)しを求めました。敬虔(けいけん)な老人が、未熟な若者と同じ誘惑と苦闘していると聞いて驚きましたが、当然かもしれません。「偶像」とは、神に取って代わろうと企むもので、その手の誘惑は、克服したと思っても、時を経て再現するからです。

与える喜び

息子が筋ジストロフィーに対応する再度の手術を受けようという時、母親のケリーは、そのことに心が囚われないように、人のために何かしようと思いました。それで、小さい頃の息子の靴で状態の良いものを集めると、家族や親族、友人や近所の人たちも賛同し、200足以上の靴を寄付することができました。ケリーの目的は他の人を祝福することでしたが、結局、自分たちが一番祝福されたと感じました。「この活動を通して、内向きになることから解放され、本当に元気づけられました」と語ります。

惜しみなく受け、惜しみなく与える

私たち夫婦は、それぞれ学資ローンを抱えて大学を卒業しました。二人の借金を一本化する低金利のローンを地元の銀行に申し込みましたが、審査に通りませんでした。その地域での居住期間や就労期間が短すぎたのです。数日後、この一件を教会役員のミンに話すと、彼は「妻にも話をするよ」と言いました。