イエスの話をし続ける
イエスの話をしないように要請されたことがあると、クリスチャンの音楽家が言いました。イエスのために……と言わなければ、もっと人気が出て稼げるし、貧しい人を助ける寄付も増やせるといいます。しかし、彼は熟慮の末、「私の音楽の目的は、キリストを証しするため。沈黙はできない」と決断しました。自分には、イエスのメッセージを伝えるはっきりとした召しがあると語りました。
謙虚になる日
面白い「記念日」があります。日本の2月には、「ピカチュウの日」とか「にわとりの日」とか「気くばりの日」などというものがあります。今日は、米国では「『謙虚になろう』の日」です。確かに謙虚は美徳ですから、祝う価値があります。しかし、常にそうだったわけではありません。
陪審員8番
裁判官が重々しく言いました。「1人が死に、もう1人の命がかかっている」1957年公開の映画『十二人の怒れる男』の一場面です。被告の若者に不利な証拠は圧倒的でした。しかし、陪審員たちのいい加減さが、審議の中で明らかになっていきます。12人の陪審員のうち8番だけが「無罪」の票を投じると、彼に対して集中砲火が浴びせられます。その人は、証言の不一致を指摘しました。彼らは感情的になり、各々の悪意や偏見が露呈していきます。そして、1人また1人と意見を変え、無罪の票を投じていくのです。
喜ぶ愛
ブレンダンとケイティは見つめ合ってほほ笑みました。新型コロナウィルス感染症に起因する行動制限のために、結婚式は大幅な変更を余儀なくされました。出席者は親族25人だけです。しかし、2人の喜びに溢れた姿からは、ここまでの道のりがどれほど大変だったかをうかがい知ることはできません。2人は、愛と平安に満たされ、結婚の誓約と、支えてくださった神に対する感謝を述べました。
身に余る贈り物
私が仕事で大変だと聞いた友人から贈り物が届き恐縮しました。とても良い品だっただけでなく、彼女自身、親の介護、子どもの問題、激変する職場、ぎくしゃくした夫婦関係など、相当なストレスを抱えていたからです。自分のことを脇に置いて私の心配をしてくれたのですから、身に余る親切に涙が出ました。
開かれた神の御腕
私はため息をつきました。友人と互いの子どものことで意見がぶつかり、和解が必要でした。電話をかけなければと思うのですが、両者の見解はまだ一致しておらず、気が進みません。しかし、私の態度が親切さや謙虚さに欠けていたのは確かでした。仲直りしてもらえなかったらどうしようと心配でした。しかしその時、ある歌の歌詞が思い浮かび、昔の記憶がよみがえりました。以前、神に罪を告白した時のことです。私は、神が赦してくださったと分かって、罪悪感から自由になったのでした。
良い牧者
教会員の男性が家族を捨てて出ていったと聞くと、ウォーレン牧師は、彼と町で偶然出会って話ができるように祈りました。すると、町の食堂で彼を見つけ、「隣に座っていいですか」と声を掛けました。やがて、2人は語り合い、一緒に祈り始めました。
最も孤独な人
ニール・アームストロングとバズ・オルドリンは、1969年7月20日、月面を歩いた最初の人です。一方、当日アポロ11号の司令船を操縦していた宇宙飛行士マイケル・コリンズについてはあまり知られていません。
偉大な教師のように
白帯を締めた3歳児が先生をまねる動画がありました。幼い少女は稽古心得を先生の後について元気よく唱え、先生の言葉や動作に集中してまねました。堂々としてなかなかのものです。