幼子キリストを探し求める
ピーター・トゥルチは、創作や文章表現を指導する大学教授です。彼は「地図を見ることは、そこにある冒険を探し出すこと。地図に向かって『物語を聞かせてくれ』と言うこと」と語っています。
神を知ろうと目を開く
カフェのテラス席で、幼児を連れた夫婦が友人と話していました。ハトが来て床のパンくずをつつき始めると、それを見た子どもは目を丸くし、大人たちの注意を引こうと、楽しそうにキャッキャと叫びました。ところが、大人たちは、彼女の視線の先は見ずに、ちらっとほほ笑みかけると、もとの会話に戻りました。
イエスは偉大な贈り物
ロバート・ヘリックの詩の一節は「天の王の誕生を祝う歌より麗しい賛美はない」と語ります。17世紀当時の楽譜は失われましたが、現代の作曲家ジョン・ラターが思い描いた曲をつけ、欧米ではアドベントによく歌われています。冬から春に変わりゆく日をイエスの到来になぞらえた穏やかな旋律です。イエスに祝歌をたてまつると同時に、心をささげようと聞く人を招きます。
恐れから喜びへ
音楽と語りが初めてラジオで放送されたのは、1906年のクリスマスイブのことで、それを受信したのは、大西洋上のアメリカ海軍や民間の船舶だったといわれています。通常の無線のビープ音やパルス音ではなく、レジナルド・フェッセンデンのバイオリン独奏『さやかに星はきらめき』が流れ、「いと高きところには栄光、神にあれ」(ルカ2:14)という天使の賛美の部分が朗読されたそうです。これを聴いた人たちは、イエスの誕生をたたえる美しい音楽と御言葉にたいそう驚き、感動したに違いありません。
ああベツレヘムよ
讃美歌21 267番「ああベツレヘムよ」は、米国の牧師フィリップス・ブルックスがベツレヘムを訪れた感動をもとに作られました。彼は遠く離れた日曜学校の子どもたちに次のように書き送りました。「クリスマスイブに、イエスがお生まれになった場所に近いベツレヘムの古い教会にいました。神をたたえる賛美が教会全体に何時間も響いていました。その歌声の中に、救い主のお生まれになった素晴らしい夜を互いに告げ知らせている皆さんの声が聞こえるような気がしました」
赤子のイエスを迎える
隣家の女性が初めての子どもを出産しました。風習に則って「女の子です!」という待ちに待った誕生の告知が前庭に現れると、私たちは喜び祝って、知り合いにメッセージを送りました。
窓
写真家のロン・マレーは、寒い日が好きだと言います。「寒いということは、空気が澄んでいるということだから」だそうです。「そして、素晴らしいものに至る窓が開かれる」と言います。
イエスと共に
楽しい週末をニューオーリンズで過ごしました。思いがけずパレードに遭遇し、初めて焼き牡蠣(かき)を食べました。しかし、床に入ると、家族が恋しくなりました。遠くの町でみことばの奉仕ができるのはうれしいですが、我が家に勝る所無しです。
真の贈り物
短期宣教旅行でペルーに行き、路傍伝道をしていると、若い男性に金銭を求められました。安全上の理由で主催者に禁じられていたので、他に支援の方法はないかと考えました。すると使徒言行録3章の物語が心に浮かびました。ペトロとヨハネが施しを乞う足の不自由な男性に出会った話です。私は彼に、お金は渡せないけれども、神の愛という良い知らせは伝えられると語りました。彼が自分は孤児だったと明かしたので、神はあなたのお父さんになりたいのよ、と伝えると、彼は涙しました。私は現地の教会の一人に彼を紹介し、後々のフォローを頼みました。