イエスとともに住む
人は安心できる自分の居場所の存在を願い求めています。「我が家に勝るところはない」という言葉は、そういう気持ちの表れでしょう。イエスは、そういう場所について、最後の晩餐の折に語られました。主はご自分の死期が迫っていること、そしてよみがえりについて語られました。また、ご自分はこの世を一旦去った後、弟子たちのために天国に住まいを用意し、また戻ってくると約束されました。その場所こそ永遠の我が家です。
古くても新しい
ケンタッキー州のナショナル•コルベット•ミュージアムの床が陥没して、シボレーコルベットのビンテージ•カー8台が、その大きな穴に落ちました。2014年のことです。車は激しく損傷し、修復不能のものもありました。その中の一台は生産100万台目となった車で、1992年に製造され、この博物館で一番高価なコレクションでした。この車は引き上げられ、専門家たちによって修復されましたが、主に元々の部品が使われました。一旦はひどい姿になりましたが、今では新品同様です。
つかの間の眠り
ヘンリー・ダーバンビルは昔のスコットランド人牧師ですが、人里離れた田舎に住む教会の老婦人について語っています。彼女はエディンバラに行ってみたいと思っていましたが、怖くて行くことができませんでした。道中、汽車で長く暗いトンネルを通り抜けなければならなかったからです。しかしある日、どうしてもエディンバラに行かなければならない事情ができ、汽車に乗り込みました。汽車が進んでいくと、彼女はどんどん不安になりました。そしてついに、不安で疲れ果てたのでしょう。老婦人はトンネルに達する前に、ぐっすり寝入ってしまいました。そして目覚めると、もうエディンバラに着いていました。
故郷を待ちこがれる
大きな振り子時計の扉を開けて、中に頭を突っ込んでいると、ばつの悪いことに妻がやって来て尋ねました。「何をしているの。」私は、「この時計は実家の匂いがするんだ。ちょっと里帰りをしていた、というところかな」と答えて扉を閉めました。
準備する
葬儀場で棺に横たわる義理の父の手に、息子のひとりが、愛用していた工具をそっと握らせました。また、義母が亡くなったときには、娘のひとりが、その手に編み棒を握らせました。こういう行為を見ると、心が和みます。故人が生前、それを愛用していた姿を思い出すからです。
はるかにまさる
外でサイレンが鳴り、幼い子どもが何の音かと尋ねました。母親は、それは竜巻警報で、地下に避難しないと巻き込まれて死んでしまうかもしれないと説明しました。すると少年は「それは悪いことなの? 死んだらイエスさまに会えるのに」と言いました。
神の住まい
ジェームズ・オグルソープ(1696-1785)は、イギリスの軍人で下院議員、そして、都市建設のビジョンを持っていました。それで、北アメリカジョージア州の入植地の統治を任されると、自分の構想にそってサバンナという町を建設しました。緑地帯を備えた一連の広場と教会や商店が並ぶエリア、そして住宅地です。オグルソープの先見性が、今も残るこの南部アメリカの美しい町を作りました。
イエスは涙を流された
グリム童話の「ガラスの棺」を読んでいると、友人が覗き込んで「うっとうしいタイトルねえ」と言いました。「棺」と言う言葉に反応したのです。人は自分の死の必然性を突き付けられたくないかもしれませんが、それでもみんな、必ず死にます。
最高の時はこれから
私たち家族にとって、3月は単に冬の終わりというだけでなく、大学バスケットボールの季節です。これは「3月の熱狂」と呼ばれ、事実、私たちのような熱狂的なファンは、テレビで試合を観戦してお気に入りのチームを応援します。早めにテレビをつければ解説者が試合の見どころを語っていますし、選手たちが身体をならしたり、シュートの練習をしたりしているところを見ることもできます。