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どこで礼拝しても

体調不良のために、教会に行けないことがつづいていました。オンラインで礼拝しても、不満が募ります。音声や映像の質が悪くて集中できません。なじみの賛美歌が流れ、いっしょに歌うと、涙がこぼれました。「きみはわれのまぼろし。たれをほかにもつべき。昼も夜もわが身の、あおぎみるはただきみ」。神の絶えなきご臨在に心を集中させ、神を礼拝しました。

衰え君

喉の痛みがあり、インフルエンザと診断されました。それが気管支炎を引き起こすと百日咳になり、進行して肺炎になりました。百日咳と呼ばれるだけに、身体の節々が痛む咳が8週間あり、私は現実を突きつけられました。私は高齢ではありませんが、老いを感じ始める年齢です。教会の仲間は、自分たちを襲う健康問題に「衰え君」と面白おかしい名前をつけていますが、「衰え君」の活躍は少しも面白くありません。

未熟な信仰

思春期は、当人にとっても、親にとっても、人生で最も辛い時かもしれません。当時、私は「ママとは違う」と、はっきりさせたかったので、母の価値観をあからさまに否定し、母の言うことに反抗しました。私の自由を奪って惨めにしたいのだろうと疑っていました。後年、この問題は解決しましたが、当時の親子関係は緊張そのものでした。当然、母は私の反抗を嘆いていました。それらの規則が娘を不必要な精神的・肉体的痛みから守ると知っていたからです。

あなたの名前

私たちは3つの名前で人生を歩むと言った人がいました。親にもらった名前、人が与える評判という名、そして、人格という自分が自分に与える名です。「名声は多くの富よりも望ましい。愛顧は銀や金にまさる」(箴22:1)と聖書が語るとおり、評判は大切です。人格は、それ以上に大切です。

必要のすべて

私はワイワイガヤガヤとした部屋の様子をみつめていました。叔父や叔母、いとこや甥、姪、みんなが親睦を楽しんでいます。私も同様でしたが、自分の家庭を持たない唯一の人、という思いが心をよぎり、痛みを感じました。

楽しい学び

インドのマイスールには、電車の車両をふたつ繋げた学校があります。地元の教育者がインド南西部鉄道の協力を得て作りました。色とりどりのペンキで壁に絵が描かれ、扇風機や照明、机などが設置されるまで、それは廃棄を待つただの金属の箱でした。しかし、この驚くべき変化のおかげで、現在60人の子どもたちが教育を受けています。

イ・カボデの戦い

ワシントン・アーヴィングの『スリーピー・ホローの伝説』は、カトリーナという美しい女性と結婚したいイカバッドという教師の物語です。話の鍵は、町はずれに出没する首なし騎士です。ある晩、イカバッドは馬に乗った幽霊らしきものに遭遇し、恐怖でその地から逃げ出します。読者に明白なのは、この「騎士」は、カトリーナと後に結婚する彼の恋敵だということです。

限りないお方

ショッピングモールのフードコートで、ハンバーガーをかじっていました。仕事の締め切りが迫り、あせって身体が硬くなっているのが分かります。そんな私の脇を、各々のやるべきことに向かう人たちが足早に通り過ぎていきます。「時間、体力、能力、どれも限りがある。みんなギリギリだ」と思いました。やることの優先順位をメモしておこうとペンを取り出そうとして、ふと、別のことが心に浮かびました。どんなことも難なく成就させる、限りないお方のことです。

自由の中で跳ね回る

ジムは農家の3代目です。「わたしの名を恐れるあなたがた…は外に出て、牛舎の子牛のようにはね回る」(マラ4:2)という聖書のみことばに感動し、永遠のいのちをくださいとイエスを受け入れました。ジムの娘によると、自分の子牛が喜び勇んで牛舎を飛び出していく様子を知っているので、神が約束した本当の自由について納得したといいます。私たちはこのとき、マラキ書4章の比喩的表現について話し合っていました。