Category  |  信仰

アイデンティティー

アイスクリーム屋に5歳の息子と入って行くと、店員がこちらをちらりと見てから息子に差別的な言葉を投げかけました。私はメキシコ系アメリカ人として味わってきたやるかたない思いを噛みしめ、息子を引き寄せると遅れて入ってきた夫の方を振り向きました。夫は黒人です。注文すると、店員はしかめ面で返事もしませんでした。

私は手

ハイシャは2000年に失明しました。ウェンチは子どもの時、両腕を失くしました。しかし、二人は障害を乗り超える方法を見つけました。「僕は彼の手で、彼は僕の目だ」とハイシャは語ります。

待ったかいがある

ジェームスは理不尽な上司と長時間労働のために転職を考えました。家のローンがあり、養うべき妻子もいるのですが、とりあえず辞めたかったのです。しかし、妻が「もう少しだけ我慢して。神が何をくださるか祈って待ちましょう」と言いました。二人の祈りは、何か月も経ってからかなえられ、ジェームスは良い仕事を見つけました。家族で過ごす時間も増えました。彼は「長かったけれど、神のご計画が、神の時に明かされるのを待っていてよかった」と語りました。

英雄、暴君、イエス

ベートーヴェンは、ナポレオンが民衆を暴君の専制から解放する英雄だと思っていたので、交響曲第三番を「ボナパルト」とするつもりでした。しかし、彼が己を皇帝とするや激怒して、その名前を楽譜から消そうとしました。強くこすりすぎて紙に穴が開いたといいます。

強い敵から救い出す

ジョージ・ヴィヤノヴィッチは、2010年、第二次世界大戦中の功績によって、94歳でブロンズスターを授与されました。セルビア移民の家庭に生まれ、陸軍に入隊し、航空兵らがユーゴスラビアで反乱軍に保護されていると聞くと、両親の故国に向かいました。パラシュートで森に下り立ち、兵士らを見つけ出すと、彼らを小さなグループに分け、セルビア人に溶け込むように服装などを教え込みました。そして数カ月をかけて、1グループずつ、森を切り開いた滑走路で待機している輸送機まで徒歩で送り届けました。大喜びで帰還した兵士は512人でした。

大ぜいの群衆

日曜日の朝、私たちはコロナ禍で離れ離れでしたが、喜びと期待を胸に礼拝に集い、ガヴィンとティハナの結婚を祝いました。スペインやポーランド、セルビアなどにいる親族や友人たちも参加できるように、ITに詳しいイラン人の友人が、式の様子を動画配信しました。この工夫によって、みんなは、二人の結婚の誓いを、制約のある中でも見守れたのです。神の御霊が私たちを一つにし、喜びをくださいました。

一致を保つ

デュベリーバプテスト教会は1800年代、持ち寄りランチの骨付きチキンが原因で分裂しました。諸説ありますが、各々の神学に傾倒していて不仲だった二人の男性が、最後の1本をめぐって言い争った結果、一人が、少し離れた場所に第二デュベリーバプテスト教会を始めたのです。感謝なことに、この紛争は後に解決し、その分裂はばかげたものだったと教会の誰もが認めました。

完璧な名前

次男は8月の蒸し暑い日に産まれましたが、しばらく名前がありませんでした。決めかねていたのです。3日間「ウィリアム家の赤ちゃん」と呼ばれ、ついにミカと名付けました。

喜んで与える人

紀元3世紀に生まれたニコラスは、後世、自分がサンタクロースと称されるとは思わなかったでしょう。彼は、ただ神を愛し、純粋に人に心を配り、喜んで施したり、善い行いをしたりする人でした。ある家庭の窮状を知り、夜、金を入れた袋をその家の窓から投げ込みました。すると、袋は、暖炉のそばの靴(もしくは靴下)の中に入った、という話です。