聖書を描く
オランダ系の家庭でよく見かける青と白の装飾タイルはデルフト市で生まれました。そこには、美しい風景、点在する風車、働いたり、遊んだりする人々などが描かれています。19世紀、チャールズ・ディケンズは、小説『クリスマス・キャロル』の中で、古い暖炉は、古風なデルフト・タイルで敷き詰められていて「カインや、アベルや、パロの娘達や、シバの女王達、……海に出て行こうとしている使者達……がそこに描かれていた」と記しています。当時の人々は、家族で暖炉を囲みながら、タイルを教材として、聖書の物語を語り合いました。そして、神の品性、すなわち、神の義やあわれみを学んだのです。
世代の交流
環境活動家の青年ジャック・ワインバーグは、1964年、30歳以上の人間は信用するなと言いましたが、その発言で特定の世代を画一化してしまい、禍根を残しました。後年、「思いつきで放った言葉は、完全に歪められ、誤解されました」と語っています。
アイデンティティー
友人は自分の写真を見ながら身体の特徴を卑下しました。そこで私は言いました。「私には、全能なる大王の愛娘が見えるわ。神と人とを愛する優しい人で、純粋な親切心や物惜しみしない態度、人を裏切らない誠実さで、多くの人の人生に違いを生み出してきた人よ」。彼女が涙ぐんだので、「あなたにはティアラが必要ね」と言い、二人でぴったりのものを手に入れました。彼女が自分のアイデンティティーを忘れないためです。
教会コミュニティー
私は牧師の息子だったので日曜日に教会に行くのは当たり前でした。そして、私は教会が大好きでした。しかし時は移り、礼拝に常時出席する人の数は減りました。当然、人は理由を詮索しますが、それは多種多様です。これに対し、作家のキャスリーン・ノリスは、「なぜ教会に行くのか」という質問に、「私たちは他の人のために教会に行くのです。そこに、あなたを必要としている人がいるかもしれませんから」と応える牧師の言葉を紹介しています。
大きな光
タイ人のサッカー少年12人とコーチは、楽しい冒険になると思って迷路のような洞窟を降りていきました。2018年6月某日の午後でした。しかし、水位が急に上昇して、洞窟の奥へ奥へと追い込まれ、救助されて脱出するまでに2週間半を要しました。潜水チームは増水に阻まれながらも救助を決行し、少年たちは小さな岩棚に座り、懐中電灯を照らしていました。彼らは暗闇の中で、何時間も、希望の光が見えることを願っていました。
大胆な信仰
プレム・プラダン(1924年〜1998年)は、第二次世界大戦中に撃墜された飛行機からパラシュートで脱出する際に負傷し、歩行に障害がありました。彼は、そんな自分がヒマラヤ山脈で宣教するなんて、神は何と不思議なお方だ、と語っていました。ネパールで福音を語るなら、劣悪な刑務所に投獄されるなどの迫害を受けます。プラダンは、15年の間の10年間、14か所の刑務所をたらい回しにされました。しかし、彼の大胆な宣教は、キリストに人生を変えられる人々を生み出し、そこには看守や受刑者も含まれていました。彼らはイエスの福音をそれぞれの村の人たちに伝えたのです。
感謝の心
古代ローマの偉大な哲学者セネカ(紀元前4年~西暦65年)は、皇妃メッサリナに姦淫の罪を告発され、元老院に死刑を宣告されました。しかし、皇帝クラウディウスは、コルシカ島への流罪に処したのです。おそらく、告発が虚偽だと思ったのでしょう。この減刑が、感謝に関するセネカの考えに影響を与えたのかもしれません。彼は、次のように書き残しました。「殺人、圧制、窃盗、姦淫、強盗、冒涜、反逆は、常に存在するが、それを超える重罪は、恩知らずという罪だ」
神のみこころ
困難に不平を言わない、苦手な人を愛する、良心の声に従う、好みでない分野に踏み出すなど、神のみこころに従うのが難しいときがあります。ですから常に、「黙って聞きなさい。そして、イエスに言われたことを行いなさい」と、自分に命じなければなりません。
希望を語り告げる
神の子どもになった経緯を高校生のエマが語りましたが、どれが彼女の言葉で、どれが聖書の引用か分からないほど、ふたつが自然に混ざり合っていました。「まるで歩く聖書ね」とほめると、彼女はけげんな顔をしました。自分が聖句を引用していると気付いていなかったのです。聖書を読むことが日課だったので、みことばが日常の語彙になっていたようです。彼女は、神のご臨在を喜んで受け止め、神が機会をくださるときには、真理を人に優しく語ります。このような若者は、エマだけではありません。