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柵を動かす

第二次世界大戦中のこと。その牧師は寝付けませんでした。戦死した仲間を埋葬してほしいと数名の兵士たちがやって来たのですが、教会墓地に埋葬するのは教会員だけだと答えました。すると彼らは、友人を墓地の柵の外に葬りました。しかし、翌朝、仲間の墓が柵の外にありません。牧師は言いました。「ここです。昨日言ったことを後悔したので、深夜に起きて、柵を動かしたのです。」

神が作られた楽器

任天堂の『ゼルダの伝説:時のオカリナ』は、世界で700万本以上売れた評判のゲームですが、オカリナの人気にも寄与しました。オカリナは楽器のようには見えませんが、ジャガイモのようなボディーに空いた穴を押さえたり放したりしながら、息を吹き込むと、穏やかで印象深い音を発します。

生きた文書

ピーター・クロフトの祖父は、聖書学者で牧師、聖書翻訳者のJ.B.フィリップスです。彼は祖父の作品を記念して、「私の心からの願いは、どの訳の聖書であっても、それを読む人が、知的な理解だけではなく、生きて働く書物として、それを体験することです。数千年前の人にとってそうであったように、生活に密着した、心揺さぶる書物として」と書いています。フィリップスは、第二次世界大戦中、自分が牧会する教会の青年たちのために聖書を日常語に翻訳しました。

愛の偉大な行為

オレゴン州のマルール国有林に、890ヘクタールに渡って生息するナラタケは、世界で最も大きな生命体です。2000年以上に渡って糸状体を広げ、木々の命を奪いつつ成長しました。この巨大生物も、最初はひとつの微細な胞子でした。

知恵は喜びにつづく道

電話が鳴ってすぐに応答すると、教会で最年長の人からでした。年齢は100歳近くになる元気な働き者の女性です。自分の本を仕上げるために、執筆に関する質問をしてきたのです。しかし、私はいつものように逆に質問していました。人生について、仕事、愛、家族について尋ねました。長い人生から得た多くの教訓は、知恵の宝庫でした。彼女は「一歩、一歩ね」と言いました。そして、彼女は自分がそれを忘れてしまった時の話をして、ふたりで笑いました。彼女の数々の話は、いつも本物の喜びの香りがしました。

ホテルコロナ

エルサレムのダンホテルは2020年、新型コロナウィルス感染者の療養場所に指定され、「ホテルコロナ」と呼ばれて、良い意味で有名になりました。そこにいる人たちはすでに感染しているので、ともに歌い踊り笑う自由があり、実際そうしました。政治や宗教の対立が顕著な国でも、共通の危機のもとでは、互いを同じ人間ととらえて、友情さえ育めると学んだのです。

私を遣わしてください

スウェーデン人のエリック・ルンドは、1890年代後半、神の召しと感じて、スペイン宣教に赴きましたが、その成果は乏しいものでした。しかし、ある日、ブラウリオ・マニカンというフィリピン人に出会い、福音を伝えました。やがて、ふたりはフィリピンの言語に聖書を翻訳し、バプテスト教会の拠点を設立しました。ルンドが、神の召しに応答したおかげで、多くのフィリピン人がイエスを知ったのです。

キリストが完結させる

ある有名な映画の話です。主人公は仕事で成功の階段を上っていましたが、結婚生活は破綻寸前でした。彼は妻の心をつなぎ止めようと、彼女がいなければ、自分は完結しないと言いました。この考え方の起源はギリシャ神話です。それによれば、私たちは皆、半分であり、もう半分を見つけて完結するというものです。

神の内に安らかに住まう

子どもたちが中学に入ったとき、それぞれに手紙を書きました。自分で自分のことがよく分からず不安だった、あの年頃の自分の経験を思い出し「キリストにある私」ということについて書きました。当時の私は、自分が神の愛する神の子どもである、と納得する必要がありました。私は「自分がどういう存在かという認識は、結局のところ、自分は誰のものなのかという認識なのです」と記しました。自分は、神に造られたことを理解し、神に献身的に従っていこうと決心するとき、私たちは自分のあるべき姿を安んじて受け入れることができます。