主にいただいた名
家族で毎年参加する夏季キャンプのリーダーには皆あだ名がついています。面白い失敗や変な癖、趣味などにちなんで仲間がつけたものだそうです。
泡の上
スポーツ選手が当落線上にいることを「泡の上」と最初に表現したのは1970年5月、スティーヴ・クリシロフのインディ500の出場が危ぶまれた時でした。ルーキーテストのタイムは合格者の中で最下位でしたが、結局、出場は許されました。
時を越えた手紙
毎年百万人以上の若者が国際手紙コンクールに参加しています。2018年のテーマは「あなたが時を越えて旅する手紙だとしたら、どんなメッセージを伝えたいですか」というものでした。
主の死が命を生む
ジョアンナ・フランダース・トマスは、南アフリカの刑務所で人を造り変えるキリストの力を体験しました。フィリップ・ヤンシーの著書「隠された恵み」によると、ジョアンナは、赦しと和解のシンプルな福音のメッセージを携えて毎日、受刑者を訪問しました。やがて、彼らに信頼され、幼少期の虐待などを打ち明けられ、暴力以外でいさかいを解決する方法を教えました。彼女の訪問が始まった前年は、受刑者同士や受刑者と看守の間の暴力事件が279件もありましたが、その年にはわずか2件になったのです。
天に送る
ホスピスの看護師に父が危篤だと言われました。父は帰ることのない旅に出かけていくのです。彼を看取る時が来たと悟りました。父の最期の日、意識の有る無しは定かではありませんでしたが、姉妹で父のベッドのかたわらに座り、頭にキスをしました。そして、神の約束をささやき、「主のまことはくしきかな」を歌って、詩篇23篇を読みました。そして、愛と感謝を伝えました。父がイエスの元に行きたいと心から願っていると知っていたので、もう逝ってもいいよと言いました。そう発することが、惜別の痛みの始まりでした。数分後、父は永遠のすみかに喜んで迎えられました。
愛され魅力的で有能だ
マルコムは堂々として見えましたが、実は、臆病で、強い承認欲求がありました。すさんだ家庭環境の問題は、自分のせいだと思い込んでいました。物心ついた頃から、洗面所の鏡の自分に向かって「馬鹿、ボケ、ダサッ。全部お前が悪い!」と叫んでいたと言います。
決着がついたように生きる
小野田寛郎は、第二次世界大戦の際、フィリピンのルバング島にスパイとして送られました。そして、敗戦となって平和条約が締結された後も、それを信じず隠れていました。大戦終結から29年間、ジャングルに潜んでいたのです。しかし1974年3月、当時の上官が現地におもむき、投降するよう説得しました。彼は長年、不自由な生活をしましたが、それは、戦いに決着がついたと信じず、降伏を拒んだからです。
神聖なデュエット
小学生の音楽会に行きました。子どもの隣には先生がいて、演奏を始める前には小声で指示を与えていました。そして、子どもが主旋律を弾くと、先生が伴奏を付けて曲を豊かにしていました。また、最後には軽くうなずいて、子どもをほめていました。
輝く光
祈りを教える5週間の講座を教会に頼まれましたが、期待に応えられるか、好感を持たれるか不安でした。それでカリキュラムやスライド、資料などを完璧にしようと力んでいましたが、自分から参加を呼びかけることはしませんでした。