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頑張りに依存しない

一年の計は元旦にありといいますが、その目標は少々高すぎる傾向にあるようです。新年の抱負の80パーセントは、2月中旬には、既に挫折しているといいます。作家エイミー・ウィルソンは「人生を良くするには、まず自分で自分を変えなければならない」という発想を否定するべきだと語ります。新たに義務を追加するのではなく、むしろ、新年を「捨てる」機会と捉え、本当に必要のない過重で継続的な負担を、ようやく少し手放すタイミングが来たと考えることが重要だと語ります。

神の真実の愛

教会の人たちと老人ホームを慰問した時、エドという男性が身の上話をしてくれました。娘に「高級ホテルに泊まれる」と言われて、この施設の前まで連れて来られ、歩道に置き去りにされたそうです。彼は車椅子から立ち上がれず、娘は振り向くこともなく車に戻り、去っていきました。それが彼女を見た最後でした。

喜びと回復力

厳しい自然環境や入植者による搾取を経験した社会を含む、世界の16の社会の回復力に関する研究があります。研究者らは数千年にわたる考古学的記録を分析し、飢饉(ききん)、戦争、気候変動の影響を検証しました。すると一つの傾向が浮かび上がりました。人口減少の発生頻度です。これは社会の力をそぐと思われがちですが、実際は逆だということが判明しました。災禍を何度も経験した社会は、回復力が発達して強まり、それ以後の災いからより早く復興しました。負荷は回復力を向上させるようです。

神に変えられた心

ポルノ依存の人は、未成年の時にそれを見始めた人が多いといいますが、ラッセルもそうでした。衝動は抑えようがなく、彼の人生をゆがめました。「私は完全にポルノ漬けでした。がん細胞のように、心身に根を張りました」と述べています。しかし、神の恵みによって解放されました。イエスの救いを受け入れ、徹底的に変えられたのです。 「全てイエス・キリストのおかげです。……イエスが私を解放してくださいました」と語ります。

私たちの優しい救い主

山火事の現場で自然保護官が子熊を助け、安全な場所に移しました。そして放そうとすると、子熊は小さな後ろ足で立ち上がり、保護官のふくらはぎにしがみつきます。優しく引き離そうとしましたが、口を開け、必死の形相で、よじ登ったり、引っかいたりして、彼の腕の中に戻ろうとしました。そして、ついに腕にぶら下がると、保護官はその求めに折れて、ふわふわの頭をなでてあげました。

神を知ろうと目を開く

カフェのテラス席で、幼児を連れた夫婦が友人と話していました。ハトが来て床のパンくずをつつき始めると、それを見た子どもは目を丸くし、大人たちの注意を引こうと、楽しそうにキャッキャと叫びました。ところが、大人たちは、彼女の視線の先は見ずに、ちらっとほほ笑みかけると、もとの会話に戻りました。

イエスは偉大な贈り物

ロバート・ヘリックの詩の一節は「天の王の誕生を祝う歌より麗しい賛美はない」と語ります。17世紀当時の楽譜は失われましたが、現代の作曲家ジョン・ラターが思い描いた曲をつけ、欧米ではアドベントによく歌われています。冬から春に変わりゆく日をイエスの到来になぞらえた穏やかな旋律です。イエスに祝歌をたてまつると同時に、心をささげようと聞く人を招きます。

恐れから喜びへ

音楽と語りが初めてラジオで放送されたのは、1906年のクリスマスイブのことで、それを受信したのは、大西洋上のアメリカ海軍や民間の船舶だったといわれています。通常の無線のビープ音やパルス音ではなく、レジナルド・フェッセンデンのバイオリン独奏『さやかに星はきらめき』が流れ、「いと高きところには栄光、神にあれ」(ルカ2:14)という天使の賛美の部分が朗読されたそうです。これを聴いた人たちは、イエスの誕生をたたえる美しい音楽と御言葉にたいそう驚き、感動したに違いありません。

神の民を送ってください

友人のマリッツァは、転職して単身の出張が多い仕事に就き、もの寂しさを感じていました。しかし、二人で夕食を取っていた時、身を乗り出してこう言いました。「神の民を送ってくださいと祈ったの」。すると間もなく、キリスト者とよく出会うようになったと言います。1日に3人と出会うこともあったそうです。