Category  |  信仰

神の助けを届ける

私は当時10代で、友人リサとぎくしゃくしていました。ですから、夏のキャンプで彼女と同室になると分かってがっかりでした。それでも、お互いに節度を守って1週間を過ごし、最後の夜は、お楽しみのキャンプファイヤーです。しかし、私は熱があって早めにベッドに入りました。笑い声や歌声が外から聞こえてきます。私はリサがそばにいて、体温を測ってくれたので驚きました。「外には行かない。カレンが病気だもん。そばにいるよ」。彼女は皆と楽しむという選択もできたのに、私の看病を選んでくれました。その思いやりをとてもうれしく思いました。

神の赦しに倣う

以前、同僚にマッジという人がいました。料理上手で、ある時、「私の自慢のエンドウ豆とハムのスープを食べて!」と言いました。エンドウ豆は苦手だと言うと、「食べず嫌いよ」とほほ笑み、次の日、私のために作ったスープを密閉容器でくれました。翌日、「食べた?」と聞かれると「そのうち食べるよ」と答えました。再度、聞かれないことを願いましたが、彼女は翌日も翌々日も尋ね、4日目には「早く食べないと腐っちゃうわよ」と言いました。

神を待つ

幼い頃、道路の脇のカラフルな看板を見てワクワクしました。目的地である人気の遊園地に、到着したと思ったのです。私は意気揚々と車を降りる準備を始めましたが、その後、同じ看板が何度も現れ、まだ着かないと分かってがっかりしました。やがて、その看板は、まだ先だが近づいてはいる、と知らせているのだと気付きました。

私のせいです

ドジな天才プログラマーが、初の火星探査ミッションに赴く、というコメディ映画がありました。彼は愚かなミスを連発しては「僕のせいじゃない!」と口走ります。クルーが火星に降り立つ時、彼は寸前にはしごから滑り落ち、一人着地してしまいました。そして言います。「僕のせいじゃない!」人類が火星で最初に発した言葉は、これでした。

イエスにある喜び

ナンシーは、がんの治療の副作用で、ひどい口内炎や咽頭炎に悩まされ、柔らかい物さえ食べられません。空腹を牛乳でしのぎ、つらい日々を送りました。そんな60歳の彼女が笑顔になるのは、イエスを知る喜び、そして孫たちの訪問でした。週に一度、孫たちと過ごすことで、不調のことばかりを考えずに済みました。「孫たちがいなければ、あきらめていたでしょう」と語ります。

良心に恥じない行動

サラはぼんやりしていて、ダイヤの婚約指輪を落としたことに気付きませんでした。それは、道行く人のカンパで暮らす路上生活者ビリー・レイのカップの中に落ちていました。ビリーは指輪を査定してもらいました。そして、売ることも考えましたが、結局、サラに返却しました。良心に恥じないためです。サラと夫は、ビリーを助けるための基金を設け、多くの寄付が集まりました。彼は、金銭面や法律面の助言を受け、やがて家を購入し、長い間疎遠だった家族とも和解しました。

心安らかに休む

短い仮眠を効果的に取ることを戦略的仮眠と呼び、ガイドラインがあります。例えば、従軍中の兵士は、アドレナリンの過剰分泌、孤独、不安により睡眠が不足すると、リラックスできません。ガイドラインは、耳栓の使用や就寝前の読書を推奨します。仮眠後の眠気を軽減するために、カフェイン入りの軍用ガムも提供されます。

神の回答

娘が7歳だった時、「私を生んだ母さんの名前は何というの?」と尋ねました。突然の無垢な問いに動揺しました。「どうしよう。答えられない!」養子縁組の際に与えられた親の情報は、身長、体重、年齢、髪と目の色だけだったのです。私は心の中で祈りました。「主よ、何と言えばいいでしょう?」すると、私の口は「どんな名前だったらいい?」と勝手に動き、娘は「マデリン!」と、満面の笑みで答えました。「じゃあ、マデリンね!」と、私は言い、神が助けてくださったと確信しました。

キリストにある自由

その男性は、1849年、「衣類」と記された木箱(約90×75×60cm)に身を潜め、2人の協力者によって、バージニア州リッチモンドからフィラデルフィアに送られました。空気穴三つの箱の中で26時間過ごした人の名前は、ヘンリー・「ボックス(箱)」・ブラウン。奴隷制度廃止論者たちに箱から出されると、詩編40編をもとにした歌で、自由を約束する神に託した希望を表しました。後に、「もし、私のように自由を奪われた経験がないなら、自由に対する希望の力を認識することはできない。それは私にとって、決して揺るがない、まさに魂の錨(いかり)だった」と書いています。