痛みを隠す
ある教会に招かれて講演をしました。主題は、神の御前に正直になる、自分の傷を隠さない、そして神の癒しを受け取る、ということでした。話の最後に祈ろうとすると、教会の牧師が中央の通路に立ち、会衆を見つめて言いました。「私は皆さんの牧師なので、平日には皆さんの悩みや悲しみに耳を傾けます。そして日曜日になると、その辛さを隠して礼拝に集う皆さんを見て心を痛めています。」
主は私をご存じだ
夜中に160キロメートル離れた自分の村に帰ろうとしていました。神はそんな私を見ておられたでしょうか。その時の気持ちは複雑でした。私は高熱と頭痛で「主よ、あなたはここにおられるのでしょうが、とにかく私は痛いのです」と祈っていました。精根尽き果てて小さな集落の近くで車を止めました。少しすると「どうかしましたか?」と親切な人が声をかけてくれました。
不安が落ち着く
私は心配性です。ほぼ毎日心配しています。大きなことも小さなことも、何でも心配している気がします。10代の頃、両親が予定を4時間過ぎても帰宅しないと言って警察に電話したことさえあります。
奥深い神
海洋生物学者のワード・アペルタンズは、深海ではサンプルを取るたびに新発見があると言います。近年、1451の新種が発見されました。海に住む生物の半分以上は未だ知られていない生き物です。
安かれ、わが心よ
子どもを優しく抱きかかえ「よしよし」と言いながら、トントンと背中を叩く姿を想像してください。その行為と優しいささやきは、失望、不安、不快や痛みの中にある子どもを慰めて、落ち着かせてくれます。このような情景は時代にかかわらず普遍的で、私たちもそうしてもらったり、そうしてあげたりして生きてきました。私は詩篇131篇2節を読むと、そんな情景が心に浮かびます。
多くの賜物、ひとつの目的
トウモロコシは、私たちメキシコ人の主食です。トウモロコシには多くの種類があり、色も黄色、茶色、赤や黒、まだら模様のものもあります。しかし都会の人たちは、まだら模様のトウモロコシを食べません。レストランの経営者で研究者のアマド・ラミレスは、均一な物が良質な物だと思っているからだと説明します。しかし、まだら模様のトウモロコシは美味しく、トルティーヤを作るのに最高です。
依存の宣言
がんと闘う母のために、ローラはある朝、友人と祈りましたが、その人は脳性まひで身体が不自由でした。彼女は「主よ、あなたは私の何もかもを満たしてくださいます。どうかローラのお母さんにも、そうしてあげてください」と祈りました。ローラは、神に完全に依存しているという彼女の宣言に感動しました。そして「自分はどうだろう。毎日、何をするにも神に依存することを意識すべきだ」と思ったそうです。
神の偉大な創造
孫が泊まりに来てくれたので、鷲の家族の日常風景をいっしょにネットで見て楽しみました。フロリダ州の鷲の一家を、ウェブカメラで観察しているサイトがあるのです。私たちは毎日、高い場所にある巣の中の様子を観察しました。父鳥と母鳥は、毎日、子どもをしっかり見守り、近くの川から魚を捕って来て、食べさせています。
完璧な世界
ケイティは学校の宿題で「完璧な世界」という作文を書くことになり、「私の完璧な世界では、アイスクリームが無料。そこら中にペロペロキャンディがあり、空はいつも青空で、面白い形の雲が少しあるだけ」と書きました。しかし、そこからは真面目な話になりました。ケイティの完璧な世界では「家に帰って来て悪い知らせを聞く人は無く、悪い知らせを伝えなければならない人もいない」のです。