いつまで待つのか
結婚当初、すぐ子どもが授かると思っていましたが実現せず、不妊の悩みは、私を祈りに駆り立て、「いつまで待つのですか」と神に叫びました。神にはこの状況を変える力があるのに、なぜそうされなかったのでしょう。
もしあの時、知っていたら
通勤の車で「親愛なる若い私へ」という歌を聴きました。その歌は、今の自分が昔の自分に会いに行ったなら何と言いますか、と優しく問いかけます。私は、今ほど賢明ではない若いときの自分に伝えたい知恵や警告を、いくつか思い浮かべました。もう一度やり直せるなら…と、人生のある時点で考えたことの無い人がいるでしょうか。
翼を広げて舞いかける
ベティーの娘は体調を崩して海外から帰国しました。ペティ―と夫は、あまりに辛そうな娘を見て、救急診療所に連れて行きました。治療が始まって数時間後、看護師のひとりが「大丈夫ですよ。元気になるまで私たちがついています。最善を尽くしますから。」と言ってくれました。ベティーは、心が平安と愛に包まれるのを感じました。彼女は娘の前でおろそろするだけでしたが、主は完全な親なので、ご自分の子どもたちの面倒を見て、苦しい時には慰めてくださることに気づきました。
危機の中で生まれる
マークが子どもの頃、父親が家族を集め、車が故障した上に家のお金も月末で底をつくと話したそうです。そして、ひと呼吸おくと祈りました。父は祈り終わると、神の応答を期待して欲しいと皆に言いました。
成長には時間がかかる
シャーロットが幼稚園に入った日に自分を描いた絵は、ボール状の胴体の上にふたつの丸い目のついた長方形の顔でした。彼女は卒園の日にも自分を描くように言われましたが、今度はカラフルな洋服を着て、赤い髪をおさげにした笑顔の女の子が描かれ、目鼻もはっきりしていました。幼稚園は単純な方法で、彼女が時の経過とともに成長したことを示しました。
外も中も新しく
数年前、出版社が大失敗をしました。ある本の改訂版を出版したとき、新しくなっていたのは表紙だけで、中身は古いままだったのです。
新鮮な信仰
息子がヘロイン中毒だったとき、同じ苦しみを抱える家族のために神が用いてくださると言われても、信じる気にはならなかったでしょう。神は困難から良いものを生むお方ですが、渦中にいてそう思うのは至難の業です。
祈れない日々
開胸手術をする必要があると2015年の11月に分かり、私は少し動揺しました、当然、死が頭をよぎり、仲直りすべき人はいないか、妻や子の生活費は大丈夫かなどと考えました。術後すぐには働けないので、仕事の段取りなど、祈りと行動が必要でした。しかし、実際はどちらもできませんでした。私は肉体的にも精神的にも弱っていて些細なことも億劫でした。驚いたことに、祈ろうとすると身体の辛さに気が散り、心臓疾患で呼吸が浅いので、すぐに居眠りしました。私は苛立ちました。仕事どころか、生きながらえて家族と過ごしたいと祈ることすらできません。
天候に合った服
買ってきた冬物の服の値札を取ると、その裏に「警告:この革新的な商品はアウトドアから戻りたくないと思わせてしまいます」と書かれていて、にっこりさせられました。天候に合った服を着けるなら、人は、厳しい環境でも生きられるばかりか、元気でいることができます。