知恵と恵み
インディアナポリスのアフリカ系アメリカ人たちは1968年4月4日、ロバート・F・ケネディ氏の演説を聞こうと集まっていました。公民権運動の指導者、キング牧師がその日に暗殺されたことを群衆はまだ知りません。ケネディ氏がこの悲報を伝え、兄のケネディ大統領が暗殺された悲しみに通じると語りました。しかし、古代ギリシャの詩人アイスキュロス(BC526-456)の詩を引用して、冷静さを保つようにと訴えました。
近すぎる
私はオクラホマ州で育ちましたが、そこでは、春から夏の終わりにかけて竜巻が起こります。ある時、空に黒い雲が湧き、警報が発令されると、まもなく停電になりました。私たちは急いで避難用の地下室に逃げ、嵐が通り過ぎるまでじっとしていました。
神のギャラリー
詩篇100篇は、素晴らしい絵のようです。私たちが礼拝する神は、目には見えないお方ですが、それでも、その神を誰かに知らせることは不可能ではありません。
わたしについて来なさい
そのフィットネスクラブは、20キロ以上の減量と生活改善を目標にする人たちだけが入会できます。メンバーのひとりは、以前のクラブでは痩せて健康的な人たちが、そうは見えない自分をじろじろ見て軽蔑されているように感じたと言いました。今では週5日ここに通い、温かく励ましてもらって健康的に減量しているそうです。
神の恵みに驚く
鍵をかけ忘れた引き戸から男が忍び込んだとき、その家の奥さんはソファーで居眠りをしていました。泥棒は寝室に入って、テレビを持ち出そうとしました。すると、家の主人が目を覚まし、人影に向かって寝ぼけながら、「ハニー、ベッドへおいでよ」とささやいたのです。泥棒はうろたえ、鏡台の上にあった札束をつかんで逃げていきました。
私の力である神
古代バビロニアの兵士は冷酷非道で、鷲が獲物を襲うようにどう猛に他国を侵略しました。彼らは強いだけではなく、自意識が強く傲慢で、事実、自分たちの能力を崇拝していました。聖書は、「自分の力を自分の神とする者」と語っています(ハバ1:11)。
思いがけない訪問
イタリア人画家カラヴァッジョ(1571-1610)は、聖人を描くときに、普通の労働者をモデルにしました。それで、絵を見る人たちは、自分が絵の一部のように感じたのです。「エマオの晩餐」は、立っている宿屋の主人の横で、自分たちと食卓をともにしている人が復活されたイエスだと気づいたふたりの弟子を描いています (ルカ24:31)。ひとりは椅子に手をついて立とうとし、もうひとりは驚きのあまり両手を大きく開いています。
決して見捨てられない
ロシアの作家ドストエフスキーは、「その社会の文明の程度は、刑務所に入るとわかる」と語りました。それを念頭に置いて、「世界の劣悪刑務所ワースト8」というオンライン記事を読むと、受刑者全員を独房に監禁している刑務所がありました。
死亡告知記事
スティグ・カーネル氏は亡くなる前、新聞の死亡告知欄には普通のようにではなく、「私は死んだ」と簡潔に記して欲しいと葬儀屋に頼みました。そして彼が92歳で亡くなると、そのとおりになりました。ところが、このまれにみる単純で大胆な死亡告知は世界中の新聞社の目に留まり、こんなことをした人はどんな人だったのだろうと、国際的な注目を集めました。それは本人が予想だにしなかったことです。