神のように子供を愛する
裏の家の子供たちは、夏休みの間、何時間も庭のブランコをこいでいます。そのきしむ音が嫌で、「近所迷惑ね。なぜ、親はきちんと油を差さないの」と、夫に文句を言いました。それで祈ると、それまで耳に入っていなかった子供の笑い声や歓声が聞こえてきました。そして、親がすぐ近くにいるから、安心して思いっきり遊べるのだと気付きました。
うそは疫病
米国の詩人ダニエル・ラディンスキー は、ある詩の中で、信頼に培われた人間関係とうそで傷ついた関係を対比して、「不誠実とは、なんと残酷な行為だろう」とつづりました。ドイツの神学者で修道士のエックハルトの教えに着想を得て、 真実で愛に満ちた言葉は「日々に混ぜこまれる素晴らしいスパイス」、うそは、「大惨事を心に起こす。その心はかつて愛した人を信じられなくなる……真実を語れない人によって、疫病が広がる」と述べています。
神の愛を実践する
父親が50代で末期がんと診断され、ブランドンは両親を自宅に引き取りました。父は南国が好きでしたが、もう旅行には行けません。それで家の庭に「南国」を造ることにしました。池を作って魚を入れ、滝も作りました。砂を運び入れて海岸のようにし、バナナの木とライト、たいまつ、日よけテントも建てました。父は最期の日々、その庭を楽しみました。
礼拝すべきお方
ある4月の午後、数千万人もの人々が、メキシコからアメリカ北東部までをゆるやかにカーブする帯状の皆既帯に集まりました。珍しい皆既日食を見るためです。学校は子どもたちを早退させ、小さな町は、旅行者でにぎわいました。地域の人々は、庭に椅子を並べ、保護メガネを手に観察の準備を整えました。皆既が近づくにつれ、大勢の人は次第に静かになっていきます。ただ、「ああ、神よ!」という呟きだけが繰り返され、その様子をテレビが映していました。
心に染みる別れの言葉
友人のホセは、緩和ケア病棟に入りました。最初は、意識もはっきりしていて、よくしゃべっていたのに、1週間後には衰弱して言葉が出ませんでした。私は、病室で、彼の家族に混ざって座り、ホセや家族にとって、私の存在が無意味でないことを願いました。見舞の人が皆、帰り、私だけがホセと一緒にいました。やがて、私は立ち上がり、戸口に向かい、振り返ると、返事はないと知りつつ「大好きよ」と言いました。すると、ホセの唇が「大好き」と動くのが見えたのです。それが最後になりました。
レンタカーに教えられる
最近、レンタカーを借り、混雑した繁華街の狭い道を、慎重に、いつもよりゆっくり走りました。事故はもちろん、車を傷つけたくはありません。私のものではないのですから。
神にある希望
アルコール依存の父親の家庭内暴力が原因で、パブロは10代で家を出ました。叔父の家に住んで高校を卒業し、結婚して3人の子どもに恵まれました。しかし、悲しいことに、自分が逃げ出した過去を繰り返してしまいました。アルコール依存と破壊的な行動によって、家族が引き裂かれ、妻子、家庭、仕事などを失いました。全てが崩れ去ったのです。「もともと過酷な人生だったが、更に悪くなった」と語ります。
誠実の代償
映画『名もなき生涯』は、第二次世界大戦時のオーストリアの農夫、フランツ・イェーガーシュテッターの実話です。彼は、ナチスの残虐行為にへきえきし、イエスだけが主だと信じていたので、ヒトラーに忠誠を誓わず逮捕されました。
神が一番強い
モンゴルの武将チンギス・カン(1162年-1227年)は、無名だった頃、家族内の権力闘争で異母兄弟を殺害しました。やがて、彼の力は強大になり、アジアの太平洋沿岸から東ヨーロッパに至るまで、アレクサンダー大王よりも広大な帝国を建設しました。冷酷な将軍カン率いるモンゴル軍が進軍すると、そこには死と破壊が残されました。その破壊や略奪は、歴史上、比類ないと言ってよいものでした。