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神の栄光と威厳

ロンドンのバンケティング・ハウスの壮麗な天井画は、チャールズ1世の命を受けたルーベンス卿によって、1629年より5年の歳月をかけて描かれました。そこには、チャールズの父ジェームズ1世の功績をたたえる女神ミネルバや鷲の翼に乗って天へ運ばれていくジェームズ自身が描かれています。この絵の目的は、彼ら父子の統治を神の統治と思わせることでした。この晩さん会場に集った客たちは、天井を見上げ、チャールズや彼の父は、事実上、神であるという、王の明確なメッセージを受け取りました。

緑のペストリーと神の臨在

孫が泊まった夜のことです。彼の聖書の詩編23編にしおりが挟まれていたので、読もうと言うと、前に読んだ箇所だと言います。新しい発見があるかもしれないよ、と言うと、彼は読み出しました。「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを緑のペストリーに休ませ……」私はすぐに、パイやタルトのお菓子じゃないよ、「パスチャー」、牧場だよ、と説明しました。実は日中、おやつのペストリーを買ったのです。ベーカリーは楽しい休息の場所、というのが、彼の解釈のようでした。

神のもとに駆け寄ろう

エイドリアン・シマンカスは、チリのマゼラン海峡で父親とカヤックをしていましたが、あっと思った瞬間、ザトウクジラに飲み込まれてしまいました。「死ぬのだと思いました」と、24歳の青年は語ります。しかし、数秒後、クジラは彼を冷たい海に吐き出しました。彼は救命胴衣を着けていたので、水面に浮かび、父親に助けられました。

神の愛で解放される

首にかけたアホウドリ、という言葉を聞いたことがありますか。その由来は、サミュエル・コールリッジの有名な詩『老水夫の歌』にあり、まとわりつく罪悪感を意味します。詩の中で、ある水夫が無害で人懐っこいアホウドリを撃ち殺します。仲間の水夫たちは、彼の悪行で航海は呪われると考え、彼を罰しました。鳥の死骸を首にかけさせたのです。

音楽の力

アーネスト・シャクルトン卿以下27人の隊員の願いもむなしく、乗船中のエンデュアランス号は、暗黒の氷海に沈みました。1915年11月21日のことです。彼らは、故国から一万数千キロ離れた南極海に浮かぶ氷の上に取り残されました。後年、隊員たちは、生還に役立ったものについて語りましたが、その中に、バンジョーがありました。気象学者のレオナルド・ハッセーが約5キロのウィンザー社製バンジョーを持ち込んでいました。隊員に許可された私物の重量は2ポンド(約1kg)だったにもかかわらず、シャクルトンが「これは心の薬だ。我々にはそれが必要だろう」と言ったからです。隊員の日記は、音楽の力を伝えています。ある人は「バンジョーは脳の糧」、別の人は「ハッセーの不可欠なバンジョー」と。

人の役割、神の役割

シンガポールには、人々の寄付に応じて、政府が同額またはそれ以上の額を上乗せする制度があります。その目的は、人々がより積極的に慈善事業に関わるようになることです。

謙遜で恵み深い与え方

オズワルド・チェンバーズと妻ビディーは、自分たちの信条に基づいて聖書学校を運営しました。それは困窮者を拒まないというものです。世知に長けたロンドンっ子たちはがくぜんとしました。利用されるだけと。それに対し、チェンバーズは同調など求めず、静かに語りました。「私の責任は与えること。神は求める人を顧みられます」。この学校は、彼が従軍牧師としてエジプトに赴任するまで続きました。二人は神の気前の良さに倣ったのです。

神の助けを届ける

私は当時10代で、友人リサとぎくしゃくしていました。ですから、夏のキャンプで彼女と同室になると分かってがっかりでした。それでも、お互いに節度を守って1週間を過ごし、最後の夜は、お楽しみのキャンプファイヤーです。しかし、私は熱があって早めにベッドに入りました。笑い声や歌声が外から聞こえてきます。私はリサがそばにいて、体温を測ってくれたので驚きました。「外には行かない。カレンが病気だもん。そばにいるよ」。彼女は皆と楽しむという選択もできたのに、私の看病を選んでくれました。その思いやりをとてもうれしく思いました。

神の赦しに倣う

以前、同僚にマッジという人がいました。料理上手で、ある時、「私の自慢のエンドウ豆とハムのスープを食べて!」と言いました。エンドウ豆は苦手だと言うと、「食べず嫌いよ」とほほ笑み、次の日、私のために作ったスープを密閉容器でくれました。翌日、「食べた?」と聞かれると「そのうち食べるよ」と答えました。再度、聞かれないことを願いましたが、彼女は翌日も翌々日も尋ね、4日目には「早く食べないと腐っちゃうわよ」と言いました。