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なおも王

この数十年間で、クリスチャンにとって最悪の日と報道されたのは、日曜礼拝に集う人が攻撃された2017年4月の事件です。礼拝の場で流血事件とは言語道断で、まったく理解できません。しかし、この種の痛みをよく知る人の言葉に慰められます。

狐を捕らえる

海辺に住む友人と電話で話していると、カモメの鳴く声がバックに聞こえました。私が嬉しそうにそう言うと、彼女は「イヤな生き物」と答えました。海辺の住人にとってカモメは厄介な存在です。それと同じように、ロンドンの住人はキツネを疎ましく思います。私にとって、キツネは、そこらをうろついて臭い糞を残していく動物です。

旧約聖書の雅歌に「狐」が登場します。雅歌は夫婦の愛を表現していますが、それは神と神の民の愛だと解説する学者もいます。花嫁は「狐や小狐」を捕まえてくれるようにと夫に頼みます(2:15)ぶどう畑の実を求めて柔らかい木を引っかき回すかもしれないので、そのように頼んだのです。花嫁は結婚生活を楽しみにしていて、害獣に邪魔されたくありません。

では「狐」は、どのように神と私たちの関係を邪魔するのでしょう。私の場合、色々と引き受けすぎてしまうと、圧倒されて不機嫌になります。また人のいさかいを目にすると、失望したり怒ったりしがちです。私は図らずも「狐」を招き入れてしまったり、忍び込ませてしまったりしたとき、その影響を最小限にしてくださるように主に願います。すると、神の優しい臨在と導きを感じ、神に対する信頼と愛が増していきます。

あなたは自分を神から引き離そうとするものに対して、どのように神の助けを求めていますか。

共感疲労

第二次世界大戦中、家族と隠れ家で暮らした日々を綴った日記で有名なアンネ・フランクについて、ナチスの強制収容所生活を共にした人たちは「アンネの共感の涙は決して枯れることなく…、周りの人にとって祝福の存在だった」と語りました。学者のケネス・ベイリーはここから、アンネは「共感疲労」していなかったと結論づけています。

暗闇の中の希望

屈原(くつげん)は、中国戦国時代(紀元前475-246年)の楚の政治家で、賢く愛国心の強い人だったと言い伝えられています。彼は国を滅ぼすような差し迫った脅威について、再三、国王に進言しました。しかし、王は耳を貸さず、彼は国外に追放されてしまいます。そして、愛する祖国、楚が、彼の警告どおり敵国に滅ほされたことを聞くと、自らの命を絶ってしまいました。

意見の違いを認める

聖書の解釈に関して果てしない論争が起こると、そこからなかなか離れられないものだと父が話していました。また、双方が意見の相違を認め合った時の素晴らしさについても話していました。

かぼちゃの中の宝物

娘が生まれてから毎月、写真を撮り、1年間の成長記録をつけました。お気に入りは、地元の農家から買った空洞のかぼちゃの中に楽しそうに座っている写真です。巨大かぼちゃの中に、私の宝物の娘が入っています。かぼちゃは段々しぼんでいきますが、子どもはどんどん成長していきます。

ひどい事も素晴らしい事も

恐れで凍り付くことがあります。過去に傷つけられた経験があり、今回もまた同じことになりそうだと感じるなら、当然恐ろしくなります。そして「私には、うまく対処する知恵も力も勇気もない。絶対にできない」と精神的に追い詰められます。

銃殺隊を前に歌う

ふたりの男が麻薬密売の罪で死刑判決を受け、刑務所で10年間を過ごしました。そして服役中に神の愛とイエスの贖いを知り、生き方が変わりました。死刑は銃殺でしたが、彼らは銃を構えた一群を前に「主の祈り」を唱和し「アメイジング・グレイス」(聖歌229番)を歌いました。彼らは信仰によって聖霊の力を受け、信じられないほどの勇気をもって死と向き合いました。

以前より良い人に

スコットランドの宿屋で、釣り人たちが、夜、談笑していたところ、サケを仕留めた話をしている人の腕がテーブルに当たり、コップが壁に向って倒れました。白いしっくいの壁に、くっきりとシミがついています。その人は宿屋の主人に謝罪して、修理代を払うと言いましたが、壁からシミは取れません。ところが、そばにいた人が「大丈夫だ」と言って立ち上がり、絵の道具をポケットから取り出すと、汚いシミの周りに絵を描き始めました。するとどうでしょう。徐々に、雄大なシカの頭が現れました。何と、その男性はスコットランドきっての動物画家、エドウィン・ランドシーアだったのです。