最高のパパ
息子のザビエルが幼い頃、夫は出張で留守がちでした。出先から頻繁に電話をくれましたが、それでもザビエルには辛い夜がありました。そばにパパがいて欲しかったのです。そのとき私は、夫が作ったアルバムを見せて彼の気持ちをなごませました。ふたりが一緒にいる写真を見せ「これ、覚えてる?」と尋ねたものです。
落ちるところまで落ちた時
アジア経済危機で求職者が仕事の数を上回っていた1997年、私も失業中でした。不安な9カ月間を過ごした後、就職しましたが、すぐに会社の業績が悪化して、またも失業です。やっと苦難を乗り越えたと思ったのに、奈落の底に突き落とされたようなものでした。
悲しみのトンネル
親友を交通事故で亡くしたのは19歳のときでした。それから数か月間、悲嘆にくれて生きていました。前途洋々とした年若い友を失った心の痛みで、周りのことが目に入らないこともありました。辛くて悲しくて、神さえ見えなくなりました。
理由を知るイエス
ある程度回復したものの完治には至らず、病気と闘っている友がいます。依存症から立ち直ったものの、過去の失敗を後悔して自己嫌悪と闘っている人もいます。神はなぜ、一遍に解決してくださらないのだろうと思います。
それでも希望がある
デイリーブレッドに1988年以来、多くのデボーションエッセーを書いていますが、忘れられないものがいくつかあります。ひとつは90年代半ば、娘3人がバイブルキャンプや宣教旅行などに行き、6歳の息子とふたりで空港見学に行った話です。息子は振り向いて「メリッサがいないとあまり楽しくないね」と言いました。二歳年上の姉で彼の相棒です。
嵐を避ける場所
オクラホマ州に住んでいた頃、竜巻の「追っかけ」をしている友人がいました。彼は、追っかけ仲間や地元の気象レーダーと無線で連絡を取り合い、竜巻と安全な距離を保ちつつ、その進路を観察しました。竜巻は家や畑を破壊していきます。急に進路を変えた時は人々に注意を促しました。ところがある日、竜巻が急に進路を変え、彼は危機一髪でした。しかし幸いなことに逃げ場を見つけることができて命拾いしたそうです。
十字架を通して
同僚のトムのデスクにはガラス製の十字架が置かれていますが、それは彼と同じく癌を克服したフィルが「何事も十字架を通して見られるように」と贈ってくれたものです。十字架は神の愛と神の麗しい計画を思い出させますが、苦境にあっては神の愛よりも目下の問題に目を向けてしまいがちです。
不安が落ち着く
私は心配性です。ほぼ毎日心配しています。大きなことも小さなことも、何でも心配している気がします。10代の頃、両親が予定を4時間過ぎても帰宅しないと言って警察に電話したことさえあります。
安かれ、わが心よ
子どもを優しく抱きかかえ「よしよし」と言いながら、トントンと背中を叩く姿を想像してください。その行為と優しいささやきは、失望、不安、不快や痛みの中にある子どもを慰めて、落ち着かせてくれます。このような情景は時代にかかわらず普遍的で、私たちもそうしてもらったり、そうしてあげたりして生きてきました。私は詩篇131篇2節を読むと、そんな情景が心に浮かびます。