とりなしの祈り
ある土曜日、遅い昼食を取るために家族でレストランに入りました。夫は、ウエイターが分厚いハンバーガーとパリッと揚がったフライドポテトを持って来ると、彼に名前を尋ねて「食前の祈りをするけれど、君のために何か祈れますか」と尋ねました。アレンという名のウエイターは、戸惑い気味でしたが、短い沈黙の後、友人宅に居候してソファーで寝ていることや車が故障して、貯金も無いことを打ち明けました。
ご覧になるお方
妻の「まあ!」という声とともにラブラドールレトリーバーの「マックス」が台所から飛び出しました。カウンターの端のトレーにあったラムの骨付き肉が無くなっています。マックスはベッドの下に隠れましたが、頭と上半身だけしか入りません。頭隠して尻隠さず、とはこのことです。
共同体の記憶
神学者リチャード・モウは「求め続ける信仰」(原題:Restless Faith)の中で過去から学ぶことの重要性を語り、「健全な国家は『記憶の共同体』でなければならない」という社会学者ロバート・ベラーの言葉を引用しました。思い返すことは、絆をつなぐ共同体の大切な営みです。
幹と枝
問題続きの中、激しく揺れ動いた感情をカウンセラーに話すと、心から傾聴してもらった後、外の紅葉を見てごらんと言われました。色づいた枝が風に揺れています。彼女は、幹は動いていないことを指摘して次のように言いました。「私たちもあれと似ています。風が四方八方から人生に吹きつけると心乱れ、自分が枝のように感じます。カウンセリングの目標は、あなたが自分の幹を見つけられるように援助することです。そうすれば風が吹いても、枝のようには動じないでしょう」。
真の自由
映画「アミスタッド」は、1839年、西アフリカで奴隷になった人たちが、船を乗っ取り、船長や船員を殺した事件に関するものです。彼らは再び捕らえられ、投獄され、裁判にかけられます。奴隷のリーダー、シンケが熱心に解放を請う法廷のシーンが印象的です。「われらに自由を!」という、鎖につながれた男のたどたどしい英語の訴えが、熱を帯びて繰り返されると、やがて法廷は静まり返ります。そして正義がもたらされ、彼らは自由になるのです。
すぐ隣に
仕分け担当の職員は、それらを「神への手紙」の箱に入れます。エルサレムの郵便局には、神やイエス宛ての手紙が毎年約千通も届きます。職員はどうしたものかと困った挙げ句、「嘆きの壁」に持って来ました。多くは仕事や結婚、健康を求めるものですが、赦しを請うもの、感謝をささげるもの、亡き妻に再会したいので、夢枕に立たせて欲しいと頼むものもありました。この人たちは、神に届きさえすれば、願いがかなうと思ったのでしょう。
ほめたたえよう!
毎日、携帯のアラームが午後3時16分に鳴ると、シェリーは賛美休憩を取ります。神に感謝をささげ、神が良きお方だと確認します。彼女はもちろん、一日中、神を感じて暮らしていますが、賛美休憩も大切です。なぜなら、神と親しく交われることを喜び感謝する時間になるからです。
たとえ火の中、水の中
映画『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』は、南北戦争の脱走兵ニュートン・ナイトとその仲間、そして奴隷たちの物語です。彼らは北軍を助け、戦後は奴隷制度に抗いました。英雄と言われるナイトですが、脱走し、負傷した際、ふたりの奴隷に救われました。人里離れた沼地に運ばれ、介抱されたのです。見捨てられていたなら死んでいたでしょう。
御父は歌う
ある日、ダンディと彼の行きつけのレストランに行くと、ウェイトレスが大変そうでした。彼は注文の際、ちょっとしたやり取りをすると、覚えやすいテンポのいい曲を静かに歌って、彼女を励ましました。歌で人を元気づけるのが好きなのです。ウェイトレスはにっこり笑って「ありがとうございます!おかげでいい日になりました」と言いました。