困難の丘
アイダホ州の我が家からは、北にジャグハンドル山が見えます。そのふところには氷河湖がありますが、そこに至る道は、急な登り坂と野ざらしの大きな岩や浮き石に阻まれる険しい尾根道で、過酷な登山です。
安全な居場所
怖くて家を出られない青年がいました。彼は人を避けるために日中に眠り、夜はテレビを見て過ごしました。いわゆるひきこもりです。発端は、学業の問題で不登校になったことでしたが、外の世界から離れている時間が長くなるにつれ、社会に溶け込めないという不安も強くなりました。そして、友人や家族とも話さなくなりました。ところが、「居場所」という若者の集まりに参加し、今は快方に向かっています。そこは、傷ついた人々が社会に向けて再出発できる安全な場所だそうです。
力ある勝利者
私たちは良い政治を願って投票し、公正、平等、正義のために発言します。しかし、政治には人の心の状態を変える力はありません。
こっちへ来なさい!
子どもたちと近所の公園を散歩していると、リードをつけていない犬が2匹いました。その1匹が息子に目をつけましたが、飼い主は気づかないようでした。息子は「シッ!」と言って追い払おうとしましたが、犬はしつこく迫ってきます。ついに怖くなって駆け出すと、犬に追いかけられました。
決して尽きない
定年を間近に控えた友人は、「生活費が底をついてしまうことが不安だ」と言いました。翌日、ファイナンシャルプランナーにそう話すと、対策を助言してくれました。実際、私たちはみんな、生涯、生活に困らないという保証が欲しいのです。
神の声を聞く
風邪とアレルギー疾患のために、水の中にいるかのように音がこもって聞こえません。そんな状況が数週間つづいたので、普段聞こえているありがたさを痛感しました。
祈る患者
新聞の死亡告知欄にアラン・ナニンガという人の記事がありました。この町の人で、「何といっても、キリストの証人として生涯をささげた人」だそうです。そこには彼の仕事や家族のこと、また、彼の闘病生活が10年にも及んだと記されていました。他の患者のために祈る奉仕を続けたので、「病院の人たちは彼のことを『祈る患者』と、敬意を込めて呼んでいた」と書かれていました。この人は、自分も大変だったのに他の人に手を差し伸べ、その人のために、またその人とともに祈りました。
数えることを学ぶ
息子は1から10まで数を数える練習をしていて、おもちゃから木まで、何でも数えます。私が目も留めないもの、例えば、道端に咲く花や私の足の指も数えます。
人生の節目
民数記33章は読み飛ばしやすいところです。イスラエルの民は、エジプトのラメセスを出てモアブの草原にたどりつきましたが、その途上の地の名前を単に羅列しているだけに見えるからです。しかし、民数記の中で「主の命により…書き記した」(2節)と書かれているのは、この個所だけです。さぞかし重要なのでしょう。