Category  |  悩み苦しみ

感謝する姿勢

私の住む地域は冬が厳しく、雪も降りつづきます。ある日、極寒の中、嫌々雪かきをしていると、郵便配達員が足を止めて声をかけました。私は「大雪つづきで、ぐったりだ」と答え、「こんな天気では、君も大変だね」と言うと、彼は「ええ、でも私には仕事があります。仕事の無い人もたくさんいますから、働けて感謝です」と答えました。

希望はあるのか

エドワード・ペイソン(1783年-1827年)の人生は災難つづきでした。弟の死、双極性障害の苦しみ、連日の偏頭痛。その上、落馬事故の後遺症で腕は麻痺し、結核で死にかけました。しかし、彼は人生をあきらめませんでした。死後、友人たちは、彼が喜びに満ちていたと言いました。なぜでしょう。

うるわしい重荷

まだ30分も眠っていないのに、真っ暗な中、目が覚めました。すぐには寝付けないでしょう。友人の夫に癌が再発したと知らされたのです。今度は脳と脊椎です。彼らを思って苦悶しました。何という重荷でしょう。しかし、夜通し祈りつづけて、平安な気持ちになりました。友人夫婦のために「うるわしい重荷」を担うと感じたのでしょうか。

最も安全な場所

巨大ハリケーン・フローレンスがノースカロライナ州ウィルミントンに迫り、娘は避難を決断しました。ハリケーンが進路を変えることを願って、最後まで踏みとどまりましたが、今や急いで重要な書類や写真、所持品など、持ち出すものを選ばなくてはなりません。「避難があんなに大変だとは思わなかったわ。でも、戻ってきた時に何か残っているかどう かなんて、分からないと思ったから」と後に なって語りました。

肩に置かれた手

コリンはキリスト教を敵視する地域で援助活動をするチームに加わる準備をしていましたが、次第に不安と緊張が高まってきました。チームメイトに打ち明けると、彼は仕事の手を止め、コリンの肩に手を置 き、励ましの言葉をかけました。当時を振り返り、あの手のぬくもりが ターニングポイントだったと彼は言います。神がともにいてくださるという単純な真理をしっかり確認したのです。

歌で強められる

第二次世界大戦中、ナチスから逃げたユダヤ人難民を、フランスのある村の人々がかくまいました。森の中に隠れていたユダヤ人たちに、出てきても大丈夫と知らせるために歌を歌いました。勇敢なル・シャンボン=シュル=リニョンの住人は、アンドレ・トロクメ牧師夫妻の呼びかけに応え、「プロテスタントの山」として知られている広い丘陵地帯で彼らを保護しました。歌で合図という行為は、村人の勇気の一端です。そのおかげで、3千人ものユダヤ人が死を免れました。

くじけない

義理の父の喜寿のお祝いに家族が集まったとき、人生で学んだ一番大切なことは何かと尋ねた人がいました。彼の答えは「くじけない」でした。シンプルすぎると思われるかもしれませんが、彼は、手放しの楽観主義や積極思考を説いているのではありません。辛いことを踏み越え歩んだ80年近い人生です。くじけずに進むという決意は、漠然とした希望ではなく、彼の人生に働かれたキリストを土台としています。

嵐の避け所

英国サマセットの崖道で雷と豪雨に見舞われた若い牧師がいました。1763年のことです。彼はほら穴に逃げ込み、チェダー渓谷を眺めながら、神を避け所として平安を見いだせる恵みを思い巡らしました。そして「千歳の岩よ、わが身を囲め」という印象的な言葉で始まる讃美歌を書きました(讃美歌260番)。

嵐を静める方

ジムは、仲間の不和、批判的な態度、誤解など、職場で抱える問題を語りました。私は1時間ほど辛抱強く聞いてから「こんな時はどうすべきか、イエスに尋ねよう」と言い、静かにともに5分ほど座っていました。すると驚いたことに、神の平安にすっぽりと包まれたように感じたのです。そして安心した私たちは、困難と向き合う自信を取り戻しました。