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なおも王

この数十年間で、クリスチャンにとって最悪の日と報道されたのは、日曜礼拝に集う人が攻撃された2017年4月の事件です。礼拝の場で流血事件とは言語道断で、まったく理解できません。しかし、この種の痛みをよく知る人の言葉に慰められます。

銃殺隊を前に歌う

ふたりの男が麻薬密売の罪で死刑判決を受け、刑務所で10年間を過ごしました。そして服役中に神の愛とイエスの贖いを知り、生き方が変わりました。死刑は銃殺でしたが、彼らは銃を構えた一群を前に「主の祈り」を唱和し「アメイジング・グレイス」(聖歌229番)を歌いました。彼らは信仰によって聖霊の力を受け、信じられないほどの勇気をもって死と向き合いました。

いかなることがあっても

人生には、荒波が押し寄せることも、奇跡が起こることもあります。捕囚の民となった3人の若者も例外ではありません。巨大な金の像を礼拝せよと命じられたのです。しかし彼らは、火の燃える炉に投げ込まれても、死ぬことになったとしても、絶対に拝まないと宣言しました。「もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、…金の像を拝むこともしません」(ダニ3:17-18)と述べました。

苦しみの中の強さ

サミーが18歳でイエスを信じたとき、家族に勘当されました。家は伝統の宗教を信じていたからです。そこでキリストの教会は彼を受け入れ、励ましたり、学費を援助したりしました。その後、サミーの救いの証が雑誌に載ると、家族の迫害はさらにひどくなりました。

信仰を貫く勇気

ハダサーは常に恐れていました。彼女は1世紀に生きたユダヤ人の少女で、フランシン・リバーの小説『風の中の声』の登場人物です。彼女はローマ人の家の奴隷にされましたが、キリストを信じていたので、それが発覚して迫害されることを恐れていたのです。キリスト者は世間で嫌われていて、処刑されたり、ライオンのいる円形競技場に放り投げられて、餌にされたりしていたからです。信仰が試されたとき、勇気をもって真理に立ちつづけられるでしょうか。

犠牲的な信仰

日曜日の午後、家の庭で休んでいると、ペルシャ語の賛美が聞こえます。私たちはロンドン郊外に住んでいて、夫は近所の教会の牧師ですが、主日の午後、元気なイラン人の教会に会堂を無償で提供しています。彼らのキリストを思う情熱には、心底、頭が下がります。この教会の牧師の兄は殉教しました。教会員たちにも迫害の体験があります。この忠実な信徒たちは、最初の殉教者ステパノの歩みにつづく人です。

わたしはあなたとともにいる

キリスト教出版社のインターンだったとき、クリスチャンになった人の証を雑誌に書きました。劇的な救いを通して以前の生活と決別し、喜んでイエスを人生に迎えた人の話です。ところが発刊の数日後、「気をつけろよ!お前は監視されているぞ。あんなことを書くなら命の保証は無いぞ」と、脅迫電話を受けたのです。キリストを示して脅されたのは、そのときだけではありません。トラクトを配っていて、「それを持って失せろ!さもないと…」と脅されました。2回とも恐ろしい経験でしたが、単なる脅迫でした。一方、脅迫だけでは済まなかったクリスチャンも大勢います。場合によっては、敬虔な生き方をしているというだけで、迫害されることもあります。

苦しみの中の教訓

スクリーンの映像は大きく鮮明で、皮膚の裂けた深い傷がよく見えました。血だらけになった男を兵士がむち打ち、群衆はあざ笑います。それがあまりにもリアルなので、私は自分が痛いかのように、野外劇場の静寂の中で顔を歪めました。しかしこれは、苦しむイエスを再現する映画にすぎません。

存続するだけでなく

ムッソリーニの侵略軍は1937年4月、ワッラモ地方で仕えていた宣教者たちにエチオピヤから出て行くように命じました。キリスト教に改宗した48名の地元の人が信仰を支え成長させるために残されたものは、マルコの福音書のみでした。その上、ほとんどの人は字が読めなかったのです。ところが4年後、宣教者たちが戻ってみると、教会が生き残っていただけではなく、クリスチャンの数は1万人に達していたのです。