Category  |  デイリーブレッド

孤独な時

夕方7時、ホイリャンは台所で残り物を食べていました。すると、一家だんらんの笑い声が静寂を破りました。アパートの隣の部屋に住むチュア一家の夕食が始まったようです。ホイリャンは、妻が亡くなってから一人暮らし。今や孤独を道連れに生きることを学び、当初の刺すような痛みは、鈍い慢性痛になりました。しかし、なぜか今夜は、一つの茶わんと一膳の箸しかない食卓の光景に心をかき乱されたのです。

敵に燃える炭火を積む

ダンは看守に虐待されていましたが、この人を愛しなさいとイエスが命じておられると感じたので、ある朝、殴られる前に、こう言いました。「この先、一生、毎日、会うのなら、友人になりたいです」。看守はごめん被ると言いましたが、彼は「ぜひ!」と、友愛の手を伸ばしました。すると看守は固まり、震え出し、ダンの手をぎゅっと掴みました。彼の頬を涙がつたい、「ダン、私はロゾックだ。友だちになりたい」と言いました。その日を境にロゾックが手を上げることはありませんでした。

一獲千金

ある青年が18世紀末、カナダのオーク島で不思議なくぼみを発見しました。彼は、海賊、もしかして、あのキャプテン・キッドが、財宝を埋めたかもと思い、そこを仲間と掘りました。財宝は見つかりませんでしたが、うわさが独り歩きを始めて別の人たちが現れました。何世紀もの間、多大な労力と費用が穴掘りに費やされ、今や、その深さは30メートルを超えています。

犠牲を忘れない

モスクワの聖会に招かれた時のことです。日曜礼拝の後に連れていってもらったレストランはクレムリンの近くで、着くとすぐ、婚礼衣装を着たカップルの行列に気付きました。それは城壁の外の無名戦士の墓に伸びています。彼らは、今日の幸せが誰かの犠牲の上に成り立っていることを心に刻んでいるのです。結婚式の花束を墓前に置き、その前で記念写真を撮る様子は、私には厳粛にさえ見えました。

新生させてくださる神

ショーン・セイプラーは出張で宿泊したホテルで妙なことが気になりました。使い残したせっけんはどうなるのだろう。ゴミとして埋められる以外の使い道があるはずだと。彼はリサイクルのベンチャー企業を立ち上げ、8千軒以上のホテルやクルーズ船、リゾート施設と協力し、膨大な量の廃棄せっけんを滅菌し、再生して、100カ国以上の貧困層に届けています。それらは、不衛生に起因する病気の予防に貢献しています。セイプラー氏は語ります。「面白いでしょう?あなたが使い残したホテルの小さなせっけんが、文字通り、人命を救うのです」

力ある神

ハリケーンの風が大河ミシシッピの流れを変えるという不思議なことが起きました。2021年8月、ハリケーン・アイダがルイジアナ州に上陸した時、川の水が数時間、下流から上流に流れました。

聞くことに始まる信仰

外傷によって声が出なくなった牧師のボブは、15年間、うつと戦いました。話せない牧師に何ができるのかという葛藤と深い悲しみを包み隠さず神に打ち明けながら。彼は語ります。「当時、すべきことが一つだけ分かっていました。神のことばを追い求めることです。私は聖書にどっぷり浸かり、人生をかけて吸収しようとしてきました。信仰は聞くこと、神のことばによって聞くことから始まるからです」。彼の神に対する愛は、聖書の熟読を通してますます大きくなりました。

一歩一歩

メンバー3人が1組で走る「三人四脚」競技に12チームが参加しました。真ん中の人と左右の人の足が、足首と膝で縛られゴールを目指します。スタートの合図と共に飛び出したほとんどのチームが転倒し、必死に立ち上がろうとしました。歩かずに飛び跳ねていくチームや、あきらめるチームもありました。しかし、たった1組、スタートは遅れましたが、脚運びを確認し、声を掛け合いながら歩くチームがありました。転びそうになっても前進し、やがて、他の全チームを抜いていきました。一歩一歩、協力し合うことで共にゴールしました。

本物の宗教

大学2年の時、学友が急死しました。私たちは皆、大学の友愛会に入って絆を結び、人生最良の青春の日々を謳歌(おうか)していたはずでした。彼は数日前まで元気だったのです。悲しい出来事でしたが、その時の最も大切な思い出は、友愛会の男子たちが使徒ヤコブの言う「きよく汚れのない宗教」(ヤコ1:27)を実践したことです。彼らは亡くなった友人の妹に対して、兄のように行動しました。全員、彼女の結婚式に出席し、彼の死から何年も経っていたのに、出産祝いのパーティーに駆け付けました。困ったらいつでも連絡してくれと、携帯電話をプレゼントした人もいました。