干し草山の祈り
ウイリアムズ大学の学生サミュエル・ジョン・ミルズと4人の友人は、神が宣教師を増やされるように、よく祈っていました。1806年のある日、祈り会の帰り道で嵐に会い、干し草の中で雨宿りをしました。彼らの毎週の祈り会は「干し草山の祈り会」として知られるようになり、世界宣教運動に発展しました。ウイリアムズ大学にある記念碑は、神が人々の祈りを通して大きな御業を成されることを伝えます。
そっちは滑りやすい
スキーの初心者だった時、こんな経験をしました。ある日、息子の ジョシュについて、なだらかに見える斜面を滑っていました。私の目は息子の背中を追っていたので、彼が急斜面に入ったことに一瞬気づきませんでした。そして、突然コントロールを失い、猛スピードで斜面を下りました。最後はもちろん、雪の中に突っ込みました。
生きる、祈る、愛する
ジェシー・オーエンスは、1936年のベルリンオリンピックの数少ない米国黒人選手のひとりで、憎しみをあおるナチスと指導者ヒトラーの前で、4つの金メダルを獲得しました。彼はまた、両親の強い信仰に影響された勇敢なキリスト者でした。親しくなったドイツのルッツ・ロング選手は、ナチスの世論操作の中で、オーエンスの信仰から来る何げない行為に衝撃を受けたと言います。後に手紙にこう綴っています。「君と最初に話したのはベルリンだったね。君が地面にひざまずいた時、祈っていると分かったよ。…今、僕は、神を信じてもいいかなと思っている。」
悪党を助ける
マンガを原作にした映画は米国内2017年だけで6本もあり、興行収入は40億ドルを超えました。人はなぜヒーロー物に引かれるのでしょう。ひょっとして神の物語に似ているからかもしれません。聖書にも英雄、悪党、救いを求める人々が登場し、多くの魅力的なアクションシーンがあります。
コミュニケーション
アジアに出張中、説教準備の読み物などを入れたiPadが故障し、真っ暗な画面になりました。修理屋を見つけましたが、次の問題は言語です。ところが、店の人はあるソフトを起動させ、中国語でタイプしました。すると文章が英語に翻訳され、英語の文章は中国語に翻訳されました。こうして、コミュニケーションが成立したのです。
アビーの祈り
アビーは、飛行機事故で両親を失い、自らも重傷を負った青年のニュ ースを耳にしました。高校2年生のときのことです。知らない人でしたが、母親が「彼のために祈りましょう」と言ったので、いっしょに祈りました。
あきらめずに祈る
ケビンは涙を拭いながら「おふたりを励ませればと思って」と、一枚の紙切れを私の妻に見せました。私たち夫婦は、娘がイエスを信じる信仰に戻ってくるように祈り続けてきました。ケビンは、母の死後、彼女の聖書の中にその紙を見つけたそうです。「息子ケビンのために」という文字の下には、彼の救いを祈る祈りの言葉が記されていました。
祈りと成長
友人のデイビッドは、妻が若年性認知症になり、介護のために早期退職を余儀なくされました。時とともに妻の病状は進み、ますます生活が大変になりました。デイビッドは当初、神に対して腹を立てたと言います。「でも、祈れば祈るほど自分の姿を示された。結婚生活ですごく自分本位だったと気づいたんだ」と涙ながらに告白しました。彼は「妻の介護をして10年になるけれど、神は、物事を別の角度から見られるようにしてくださった。愛を込めた世話はすべて、妻とイエスにしていることだ。妻の介護は、私の人生に与えられた最大の特権だ」と語りました。
闘い
若い兵士は砲撃と地響きの中「主よ、無事にくぐり抜けさせてくださったなら、母の希望どおり聖書学校に行きます」と熱心に祈りました。神は彼の祈りを良しとされました。その兵士は私の父です。父は、第二次世界大戦を生き延び、ムーディー聖書学院で学んだ後、人生を宣教にささげました。