御父の愛を映す
スコットランドの宣教師メアリー・スレッサーは、宣教と人道的社会改革の象徴として人々に覚えられています。1848年に生まれ、1876年からナイジェリアのオコヨンに遣わされました。その地域では、双子が生まれると、どちらか一方は悪霊の子だと信じられていました。その結果、多くの双子が、飢えや危険の中に放置され、殺されました。メアリーは、神の愛の心を映して、約40年の働きの中で数百人の危険に瀕した子どもたちを救い、自らも9人を養子に迎えました。
神に根ざす信仰
ベスーン・クックマン大学の創設者、メアリー・マクロード・ベスーンを題材とした歴史小説を読んで感動しました。その強い信念と博愛の精神の物語に興味津々で、さらに調べると、次のことが分かりました。ある記録によると、1900年代初め、彼女は若いアフリカ系アメリカ人女性の学校の校舎群について、裕福な実業家に語ったといいます。しかし、その人が、実際に訪ねてみると、そこには小さな建物が一つあるだけでした。メアリーは、彼が未来への投資として資金を提供することを願い、まだ実現していない「夢」を語ったのです。そして、彼女の信仰と崇高な志が響き合い、資金提供が実現しました。この学校は後に四年制大学となり、現在も教育を続けています。
輝く顔
獣医が「まあ!この子はシュガーフェイスね」と声を上げました。我が家のレトリーバーの子犬のことです。彼女によれば、顔が早く白くなるのは、心の内側が優しい証拠だそうです。
気前よく与える心意気
大叔父の追悼式では、夫婦で温かく人をもてなし続けた彼の生涯に敬意を示し、その象徴としてローストビーフとトウモロコシ、豆の食事が提供されました。彼らは毎日曜日、教会へ行く前に、大きな肉と野菜をスロークッカー(電気煮込み鍋)にセットしました。そして、礼拝後に必ず誰かを昼食に招きました。相手は友人の場合も、初対面の人の場合もありました。どちらにしても、彼らは、必ず十分なごちそうを準備し、日曜日の午後は、客をもてなすために取り分けられていました。
祈りという贈り物
父の日のカードを買うために、重い足取りで店に入りました。15歳で家を出ましたが、もう父を恨んでいません。心の痛みを受け取ってくださいと、長い年月をかけ、祈り、内省し、やがて父を赦(ゆる)しました。しかし、何十年経っても、「最高のパパに感謝!」と書かれたカードに共感できません。そんな私は、天の御父の栄光のために、必死の思いでカード売り場に立ち、地上の父のために祈りました。
神から頂くこと
ナポレオン・ヒルは、1937年の著書、『思考は現実化する』で、「自分で着想を得て、自分を信じたなら、全て実現できる」と述べています。この言葉は「アメリカン・ドリーム」の象徴です。全力で働けば野望は必ず実現できる、と。
生きる道
ジョージ・ワシントン・カーバーは1860年代、奴隷として生まれました。この病気がちの赤ん坊は、奴隷商人に誘拐され、売り飛ばされそうになりました。奴隷制度がすでに廃止されていた十代の頃、彼は、白人の集団が黒人を殺すのを目撃しました。学業成績は極めて優秀でしたが、カンザス州のハイランド大学は、肌の色を理由に彼の入学を認めませんでした。しかし、彼の信仰は、それでも揺るぎませんでした。彼が座右の銘とした聖句は、箴言3章6節です。「汝(なんぢ)すべての途󠄃(みち)にてヱホバをみとめよ さらばなんぢの途󠄃を直 (なほ)くしたまふべし 」(文語訳)
神を避けどころとする
野外コンサートが始まるや、頬に雨粒を感じました。見上げると不穏な黒い雲が見えます。大枚をはたいて買ったチケットだったので、少々の悪天候でも会場を後にしたくはありません。あちこちで傘が開かれ、ポリ袋を頭にかぶる人もいました。そして大きな雷鳴がとどろくと、パフォーマーはマイクを握り、観客に退避を促す騒ぎになりました。
友としてできること
若い頃、「君のことは君より分かっている」と友人が言いました。私を肯定する意図だったのですが、宣教師の養子として文化の異なる四つの大陸で育った複雑な私の人生を友人は全く知りませんでした。