信頼できる愛
私の心には複雑な感情が渦巻いていました。以前、親しい人の行為に深く傷つき、それを当人に伝えたことで、絶交という結果になった辛い経験があります。相手がはぐらかしたからです。彼女が地元に戻ってきていることを今日聞いて、過去がよみがえり、心が乱れました。
みなしごの父
ニューヨーク市の児童福祉課の職員ガイ・ブライアントは、里親が即座に必要なケースに連日遭遇します。彼は独身で子どもはいませんが、何かしようと行動しました。里親を10年以上も続け、里子は50人を超えます。一度に9人の面倒を見た時期もありました。彼は言います。「住む所が無い子がいて、自分の家と心にスペースがあるなら、考える必要はありません。行動するだけです」。成長した里子たちは、各々自分の人生を築いていますが、今もブライアント家の鍵を持っています。日曜日には「パパ」とランチをしようと、たびたび戻ってきます。多くの子が父親の愛情を味わいました。
愛に根を張る
詩人サラ・ティーズデールは「五月」と題した詩で「風がライラックを揺り動かし」と詠みました。これは失恋の詩で、悲しみの描写が続きます。我が家のライラックも災難に見舞われました。花の季節が過ぎた頃、芝刈りをした人が強剪定をしたのです。私は丸坊主になった株を見て涙が出ました。花をつけず、うどん粉病にもかかって、もうダメだとあきらめていると、3年後、花が咲きました。時間が必要だったのです。私は待つだけでよかったのです。
高慢と欺まん
私は「愛する神よ、あなたの思いやり深い懲らしめを感謝します」と小声でつぶやきました。思いあがっていたと認めるのは辛いことでした。次々と仕事が成功して称賛を受ける中で、私は神の導きを拒んで自分の能力に頼っていました。自分の実力などたいしたものではないと難しい局面にぶつかって気付きました。神の助けがなくても大丈夫と、己の高慢さにだまされていたのです。
神の優しさ
大学生の頃、うつの発作によって無力感と絶望感に何度も襲われたという実業家の話を聞きました。残念なことに、彼は医者に行かず、とんでもない計画を立てました。自死に関する本を図書館で予約し、命を絶つ日を決めたのです。
神の手番
スクラブルという手元の文字を組み合わせて英単語を作っていくゲームが好きです。友人たちが、私の名前にちなんでKATARA(カタラ)と名付けた打ち手があります。最下位だった私が、最後に7文字の単語を作って大逆転したときの打ち手です。以来、このゲームをするたびに、負けている人は当時を思い出し、KATARAの手番に希望を託します。
十分な時間
友人の本棚にトルストイの『戦争と平和』の全巻が並んでいるのを見て、私は全巻を読んでいないと告白しました。彼は笑いながら「定年で教職から退いたとき、『読める時間がやっとできたね』と、友人がプレゼントしてくれたのだよ」と言いました。
イエスはここにいらっしゃる
高齢の大伯母は病床にありました。白髪を後ろに流し、しわだらけの頬でしたが、笑顔でした。見舞いに行った私たちに、もう多くを語りませんでしたが、「寂しくはないのよ。イエス様がここにいらっしゃるからね」とささやいたことを覚えています。
確かな信頼という信仰
英国の成人は約12分に1回、スマホをチェックしている、という調査結果が2018年にありました。しかし、私たちがネット検索をしたり、メールやSNSの通知、電話の着信音に反応したりする頻度を考えると、これは控え目な数字でしょう。多くの人は、生活に必要な情報を提供し、予定等を管理し、人と自分を繋がらせてくれるものとしてスマホを信頼しています。