悲しみの時に神を信頼する
末期がんだと分かったとき、「パパ・ジョン」と妻キャロルは、闘病生活をネットでシェアするように神に告げられたと感じました。弱さをさらけ出すことを通して、神が証されると信じ、2年間、喜びや悲しみ、そして苦しみを語り続けました。キャロルが「夫はイエスの腕の中に迎えられた」と書いた時、何百人もが、ふたりの大胆な分かち合いに謝意を表しました。ある人は「皆、いつかは死ぬのだから」キリスト者の死に対する考えは健全だと書きました。別の人は、ふたりに会ったことはないけれど、神を信頼する姿に勇気をもらったと書きました。パパ・ジョンは時に激痛に見舞われましたが、分かち合いは続きました。神がどのように支えてくださるかを伝えたかったからです。彼らはその証が神のために実を結ぶと信じていました。それは苦しみの中で「私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているからです」(Ⅱテモ1:12)と書いた使徒パウロを彷彿させます。
裏切られる
レオナルド・ダ・ヴィンチの没後500年記念展覧会が2019年に世界中で開催され、多くの絵画や研究ノート等が展示されましたが、彼の作品とはっきり認定されている絵画は5点しかありません。
コツコツやる
神は世間が気にも留めない人を好んで用いられます。18世紀、寒村に生まれたウィリアム・ケアリーは、大した教育も受けず、仕事もうまくいかず、貧しい暮らしでした。しかし、神は彼に福音宣教の情熱を授け、宣教師にされました。ケアリーは、ギリシャ語、ヘブル語、ラテン語を学び、ついには新約聖書をベンガル語に翻訳しました。今日では「近代海外宣教の父」と呼ばれていますが、甥に宛てた手紙には、自身の能力が謙虚に綴られています。「私はコツコツ頑張れる。辛抱強く耐えられる」と。
すべてを洗い流す恵み
アマゾンのスマートスピーカー「アレクサ」には、言われたことをすべて消去する機能があります。「今日言ったことを消しておいて」と言えば、アレクサに頼んだことや、集めてもらった情報などを、すべてなかったことにできます。しかし実生活は違います。失敗や失言を消去することはできません。
王族の役割
王位継承順位が高い人は世間が注目しますが、低位の人は通常、忘れられています。英国では、60人近くの人が王位継承権を持ち、フレデリック・ウィンザー卿の順位は49番目です。金融アナリストを生業としています。王族でも公務はないので、公費は出ません。静かに生活し、脚光を浴びることもありません。
待ち望む
トレヴァーは教会に失望し、答えを求めてもがく17歳です。探求し続けていますが、未だに解決はありません。彼の心の旅路は両親との距離を縮めましたが、キリスト教にはつまずいたままです。「聖書は、から約束でいっぱいだ」と辛辣でした。
心に留め置く
少年が学校で乗り超えるべき課題に直面しました。すると父親が、毎朝、学校に行く前に、次の誓いの言葉を声に出してそらんじるように教えました。「神さま、今朝も僕を起こしてくれて感謝します。僕は今日も学校に行き、勉強し、…あなたのご計画どおりのりっぱな人になって人々を導きます。」父は息子にこう宣言させることで、彼が人生の避けて通れない課題から逃げないように助けようとしたのです。
誉れが消えうせた
娘のメリッサを取り戻すことはできません。学校で楽しそうにバレーボールをする姿を見ていた幸せな日々の記憶は薄れていきます。彼女のはにかんだ微笑みを思い浮かべることも、時には難しくなりました。メリッサが17歳でこの世を去ったとき、彼女の存在という私の喜びに幕が下ろされたのです。
高価な喜び
軽快な音楽が聞こえると、私たち6人は、靴を履くや履かずやで家を飛び出し、アイスクリーム売りのトラックを追いかけました。待ち焦がれた夏の日を満喫するためにうってつけのごちそうです。私たちには、躾けられたり、義務感にかられたりではなく、ただそうしたいからする、というときがあります。