弱さが生み出す美
画家のドガは網膜の病気を患い、視力が低下すると、油彩画よりもはっきり見えるパステル画を描きました。ルノワールは、関節リウマチで指が湾曲し硬直すると、その間に筆を固定して描き続けました。マティスは、手術して動けなくなると、壁に大きな紙を広げさせ、切った色紙を指示どおり貼らせ、「切り紙絵」を作りました。どの場合も、画法の創造性を躍進させました。ドガの『青い踊り子たち』、ルノワールの『ピアノに寄る少女たち』、マティスの『王の悲しみ』などの傑作は、彼らが試練に適応する中で生まれました。
心配事を主に委ねる
ナンシーは悪いことばかり想像して不安でした。夫のトムがハイキングの最中、3度も失神したのです。現地の小さな病院で異常なしと診断され、都会の大きな医療センターで追加の検査をしましたが、異常は発見されませんでした。彼女は非常に不安だったと語ります。医療センターの専門医に最後の質問をしました。「これからどうしたらよいでしょう?」その時の医者の答えが、彼女の視座を完全に変えました。「自分の人生をしっかり生きてください」。それは、気休めではなく知恵の言葉でした。
安息
フランクリン・ルーズベルト大統領が、1943年、「シャングリラ(理想郷)」と命名したメリーランド州の保養地は、アイゼンハワー大統領によって「キャンプ・デービッド」と改名されました。大統領が、静養したり、仕事をしたり、外国の賓客をもてなしたりするのに理想的な場所だそうです。セキュリティを強化する目的以外の近代化はされず、大統領とその家族が、世の喧噪から離れて休息することができるといいます。
すりつけたバター
トールキンの著書『指輪物語』の中で、ビルボ・バギンズに、悪の力を持つ指輪を60年間も所持している影響が表れます。徐々にむしばまれていく自分に打ちひしがれ、彼はガンダルフに言いました。「薄っぺらになったという感じ、わかるでしょう。『引っ張って引き伸ばされた』っていう感じなんですよ。少ないバターを大きすぎるパンの上にすりつけたようなもんです」。彼は「親戚どもがうるさく覗(のぞ)きこんだり……しない所で、ひっそりとのどかに暮らせる所」を探しに家出する決心をしました。
私たちの物語
小さな銀のピンバッジを「思い出の箱」から取り出しました。それは10週目の胎児の足のサイズと形です。最初の子どもを流産した時、早期流産で不幸中の幸いと言われましたが、その言葉に本当に傷つきました。胎児の足は、お腹の中の心臓の鼓動と同じくらいリアルだったのに。しかし神に感謝します。神は、私をうつ状態から解放してくださり、子を失くした親を慰めるために私を用いられました。私たち夫婦は、流産から20年以上経って、その子どもを「カイ」と名付けました。いくつかの言語で「喜び」という意味です。喪失の痛みは消えませんが、神が心を癒やしてくださり、あの経験を人助けにお用いくださっています。
ストレスから平安へ
転居はストレス要因の上位にランクされます。私は20年ほど住んだ家から今の家に引っ越したのですが、独身時代に住んでいた家に結婚後も住んで子どもが生まれたので、物が増えました。
この愛は本物
足元をすくわれるとはこのことです。婚約者の裏切りが分かったのです。その前の恋人も不実でした。ですから、初めてのバイブルスタディーで、神は愛だと聞くと、ジョジーは「これも詐欺かしら」と思いました。信じたら、また傷つくのではないかしらと。
月曜日に感謝して
前の職場では月曜日が憂うつでした。最寄り駅で電車を降りても、ベンチに座って時間をつぶしたものです。締め切りや気まぐれな上司のことを考えると動悸(どうき)がしました。
ゲヘナからの希望
考古学者のガブリエル・バルケイは、1979年、小さな銀製の巻物2巻を発掘しました。何年もかけて注意深く巻物を広げたところ、「主があなたを祝福し、あなたを守られますように。主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように」という民数記6章24-26節の文言が双方に刻まれていました。これは紀元前7世紀のものと推定され、現存する世界最古の聖書の記述です。