回復させる神
イタリアのフィレンツェで1966年11月4日に起こった大洪水により、有名なジョルジョ・ヴァザーリの『最後の晩餐』は、泥水と油の中に12時間も放置されました。額縁は損傷し、絵具も浮き出て、絵の修復は不可能に思われました。しかし、専門家とボランティアが、あらゆる障壁を乗り越え、地道な修復作業を50年間続けたことで、この大作は復元されました。
希望を持って
戦線の父の消息が途絶えた時、7歳の妹は母に言いました。「パパは帰ってくるわ。だって花を贈ってくれたもの」。父が出発前に手配していた妹の誕生日の花束が届いたのですが、妹は正しかったのです。父は悲惨な戦闘をくぐり抜けて生還しました。彼女は数十年経った今も、希望を持つことを忘れないように、その花束を生けた花瓶を大切にしています。
聞かれている
チャールズ・リボルグ・マンとジョージ・ランサム・ツイスは、1905年の著書『物理』で、「人里離れた動物もいない森で木が倒れた時に、音はするか」と問いました。それを発端に、音、認知、存在に関する議論が、哲学と科学の両分野で始まりましたが、今も結論は出ていません。
信仰の種
昨春、庭の芝生のエアレーションをする前夜、強風が吹いてカエデの種が落ちました。エアレーションとは、固まった土に穴を開けて、土壌の通気を良くすることです。結果として、私は何百というカエデの種を庭に植え込んでしまい、たった2週間で、芝生の中にカエデの幼木の森ができていました。それを困ったものだと思って見ていたのですが、ふと、たった1本の木がこんなに多くの新しい命を生み出したと気付き、感動しました。
手放す
アウグスティヌスは自伝『告白』で、イエスを信じるまでの紆余(うよ)曲折を記しています。ある時、皇帝を褒めそやす演説のために宮殿に向かっていると、路上で物乞いが酔っ払って、冗談を言いながら大笑いしていました。自分は心にもないお世辞を言わなければならないのに、彼は大した努力もせず、ずる賢い仕事から得るうたかたの幸せを手にしていると思いました。それで成功のためにあくせくするのをやめました。しかし、情欲と性的不品行が、彼を捕えていました。罪と決別する決心無くしてイエスのもとには行けません。それで「わたしに貞潔と節制を与えてください、でも今すぐにではありません」と祈りました。
賛美の涙
母の最後の4カ月間をホスピスで介護して見送ったとき、そうできたことを神に感謝し、悲しみからの癒やしを祈りました。感情がもつれて賛美できない時もありましたが、母が息を引き取ると、号泣しながらも「ハレルヤ」とつぶやきました。こんな状況で賛美だなんてと罪意識もありましたが、後年、詩篇30篇を精読して教えられました。
するべきか、しないべきか
子どもの時、第2次世界大戦で使われた戦車が家の近くの公園に展示されていました。立ち入り禁止の警告が数カ所にありましたが、無視してよじ登ってしまった友だちがいました。私たちはちゅうちょしましたが、結局、仲間に加わりました。しかし、ある男の子は禁止だから登らないと言いました。もう1人は、大人が近づいてくると飛び降りました。規則に従いたいという思いは、おもしろいことをしたいという誘惑に負けてしまったのです。
ストレスから平安へ
転居はストレス要因の上位にランクされます。私は20年ほど住んだ家から今の家に引っ越したのですが、独身時代に住んでいた家に結婚後も住んで子どもが生まれたので、物が増えました。
御声を聞き分ける
長年の研究で、狼は声色を使って仲間と話していると分かってきました。特殊な装置で解析すると、どの個体の鳴き声か100%の精度で聞き分けられるといいます。