立ち止まって祈る
前を走る数台の車が消火栓から噴き出す水を浴びて走り過ぎるのを見て、無料洗車のチャンス到来だと思いました。そして、ほこりまみれの車を嬉々として走らせました。しかし、朝から太陽に照らされていた黒い車のフロントガラスに冷たい消火栓の水が当たった瞬間、「ビシッ!」と音がして、上から下までひびが入ってしまいました。無料洗車のおかげで高いツケを払わされました。
狭い門カフェ
餃子やカレーなどの美味しいものが、台湾、台南市の「狭い門カフェ」にはたくさんあります。入口は幅40センチほどの壁の穴。平均的な体形の人がやっと通れる狭さですが、千客万来です。
気象予報士の間違い
若い予報官のチャールズ・ピアスは、ふたつの前線の影響でハリケーンはニューイングランドまで北上すると1938年9月21日の正午の会議で警告しましたが、上司たちは一蹴しました。熱帯低気圧はそれほど北上しないからです。しかし、2時間後、ロングアイランドで地滑りが発生。ハリケーンは午後4時にはニューイングランドに到達していました。船は座礁し、家は破壊されて海に飛ばされ、600人以上が亡くなりました。確かなデータと詳細な気象図に基づいたピアスの警告が公表されていればと悔やまれます。
温める
コロラド州の我が町は気温の変化が激しく、数分で激変することもあります。ですから、夫は屋内外の温度差に興味を持ち、家の周りの4カ所の温度測定ができる温度計を買ってきて、気温の違いを調べています。くだらない装置だと笑った私も、今では頻繁に温度をチェックして、外と内の温度の差を面白がっています。
逃げる
合気道の入門クラスは発見の連続でした。攻撃された時は、まず逃げることを考えるといいます。「逃げられなかった時のみ、戦いなさい」と、師範が真顔で語るので、私は非常に驚きました。これほど高い自衛能力を持つ先生が、戦いから逃げろと言うのです。直観と相容れないとも思いましたが、最善の自衛は、戦い自体を避けることと説明されて納得しました。
惜しみなく与える
チャールズ・ゴードン将軍(1833-1885年)は、ビクトリア朝時代の英国の軍人で、中国など世界各地で任務に当たりましたが、英国にいるときは、収入の9割を寄付しました。ランカシャー地方で飢きんが起きると、授与された勲章の銘刻を削り取って現地に送り、その金を溶かして換金し、困窮者に食事の配給をするように言いました。その日の日記には「唯一残された価値あるものを、主イエスにささげた」と記されています。
結局のところ
日常生活を離れ、祈りと内省の1日を過ごす修養会の講師を頼まれることがあります。私はそこで「将来、あなたの葬儀で、あなたの人生を言い表す1文が、式次第のどこかに掲載されるとします。何と書いてもらいたいですか」と尋ねます。この問いがきっかけで生活の優先順位を変えた人もいました。いのちのしまい方を良いものにしたいからです。
深い絆
イラクから米国に移民したアミナと生粋のアメリカ人のジョセフは、相反する主張のデモ行進に参加していました。私たちは、民族や政治信条で分断された人々は互いを憎悪していると信じ込まされています。しかし、ジョセフが暴力を振るわれそうになったとき、アミナは助けに駆けよりました。ジョセフは、報道記者に「自分たちは全く相容れないけれど、『それはダメ』という共通の瞬間がある」と語りました。ふたりは、政治信条より深い何かで結ばれていました。
実が木を売る
苗木屋が黄桃の木の販売促進案を考えていました。若木をおしゃれにディスプレイしようか、四季折々の桃の木を載せたカタログを作ろうか……。ついに妙案が思い浮かびました。甘く香る、産毛におおわれた深いオレンジ色の黄桃を使うのです。完熟した果実をもいで切り、果汁が滴る実を1切れずつ客に渡します。すると客は、それを味わって、苗木を買いたくなるでしょう。