究極のウェーブ
スポーツの試合や野外コンサートなどで、観客がよく「ウェーブ」というパフォーマンスをします。数名の人が両手を高く掲げて立ち上がると、隣の人が即座に同じことをし、また次の人…と繰り返し、会場全体が波打っているように見せるのです。うまくいくと、最初に始めた人たちは笑顔で歓声を上げます。記録に残る最初の「ウェーブ」は、1981年の大リーグ、オークランド・アスレチックス対ニューヨーク・ヤンキース戦です。
主の死が命を生む
ジョアンナ・フランダース・トマスは、南アフリカの刑務所で人を造り変えるキリストの力を体験しました。フィリップ・ヤンシーの著書「隠された恵み」によると、ジョアンナは、赦しと和解のシンプルな福音のメッセージを携えて毎日、受刑者を訪問しました。やがて、彼らに信頼され、幼少期の虐待などを打ち明けられ、暴力以外でいさかいを解決する方法を教えました。彼女の訪問が始まった前年は、受刑者同士や受刑者と看守の間の暴力事件が279件もありましたが、その年にはわずか2件になったのです。
輝く光
祈りを教える5週間の講座を教会に頼まれましたが、期待に応えられるか、好感を持たれるか不安でした。それでカリキュラムやスライド、資料などを完璧にしようと力んでいましたが、自分から参加を呼びかけることはしませんでした。
親切な人
レオンは金融の仕事に幻滅し、もっと有意義な人生を送りたいと思って退職しました。ある日、ホームレスの男性が「親切は最高の薬」と書いた紙を持って街角に立っていました。レオンは語ります。「この言葉が心に刺さりました。そしてひらめいたのです。」
神のこと
マイクの同僚たちはキリスト教を知らず、関心もありませんでしたが、それがマイクにとって重要だと知っていました。ある日、復活祭と過越の祭りは関連があるらしいけれど何だろうと誰かが言いました。そして「マイク!神のことを知っているだろう。過越って何?」と質問したのです。
語り部
昔話の「むかし、むかしあるところに」という語りは、古今東西、力ある言葉と言ってよいでしょう。子どもの頃、その言葉に何度も引き付けられた思い出があります。
苦しみの中の強さ
地下教会の牧師ハーラン・ポポフは、1948年、自宅から連行されました。休息無しで尋問され、10日間、食事ももらえません。スパイ容疑を否定するたびに殴られました。しかし、苛酷な取り調べを生き抜いただけでなく、彼は周りの囚人たちをイエスに導きました。11年後、ついに釈放され、2年後に亡命して家族と再会するまで母国で伝道しつづけ、その後は、聖書のメッセージの取り次ぎと、キリスト信仰に不寛容な国々で聖書を配布する活動を支える資金集めに奔走しました。
すべての機会を
息子にせがまれてスマホにゲームを入れました。自分のいる場所の風景に色とりどりの生き物が現れ、それを捕まえるというものです。このゲームは行く先々が競技場になるので以前より歩くようになりました。これで息子と遊ぶときは、現れた生物を捕まえるチャンスを最大限に活用しようと頑張ります。やみつきになるこのゲームに、引き込まれ、没頭してしまいます。しかし、ある問いが心に浮かび、自責の念にかられました。神が私の周りに置かれた機会を最大限に活用しようと、これほど頑張っているでしょうか。
賛美の声をあげよ
地図の真ん中に何があるかを見れば、その地図がどこで描かれたか分かると一般的には言えるでしょう。人は自分のいる場所を世界の中心だと考えがちなので、そこに点を打ち、そこから描き始めるからです。近くの街は北に80キロか、車で南に半日の距離かもしれませんが、すべては自分のいる場所を基準に表現します。ところが詩篇は、旧約聖書に述べられた神の地上の住まい、つまり、エルサレムを中心としました。