特有の泣き声
赤ちゃんが泣くのは、疲れたか空腹の合図だと思いませんか。しかし、ブラウン大学の医師たちは、新生児の泣き声の微妙な違いに他の問題の重要なヒントが隠れていると言います。彼らは、泣き声の音程、音量、音の透明度を計るコンピュータープログラムを開発しました。それによって、赤ちゃんの中枢神経系の問題を察知するのです。
思いやりを行動に
ジェームス・ウォレンは28歳の人材コンサルタントですが、ベンチを作っています。きっかけは地べたに座ってバスを待つ人を見て同情したからです。廃材でベンチを作りバス停に置くと、すぐに利用されました。地元の9千カ所のバス停の大半には座る場所がありません。そこで、もう少しベンチを作り、そこに「親切を実行しよう」と彫り込みました。「目標は?」と尋ねられると、「自分のできることで、人々の生活を少しでも良くしたい」と語りました。
質問
アンは旧知の口腔外科医の診察を受けました。最後に「何か質問はありますか」と聞かれると「はい。先生は今週の日曜日、教会に行かれましたか」と尋ねました。教会に行かなくても批判するつもりはありません。ただ、信仰の話をするきっかけが欲しかったのです。
難民をもてなす
戦禍を逃れてベルリン駅に着いた多くのウクライナの女性と子どもたちは驚きました。あなたに避難場所を提供すると書いた紙を手に、多くのドイツ人家族が待っていたのです。「我が家は2人、受け入れ可能!」「大部屋あります」。なぜこんな親切をするのかと尋ねられた女性は、ナチスから逃げた母と同じような境遇の人を助けたいと答えました。
予想外のことをなさる神
私たち大勢の大学生は頭を垂れました。講師は献身の祈りを導き、国外宣教に導かれていると感じた学生は前に出るように促しました。私は友人のリネットが席を離れる気配を感じました。彼女はフィリピンで主に仕える約束をしたのです。私は立つように促されませんでした。米国にも神を知る必要のある人たちがいるので、自国で神の愛を伝えたかったのです。ところが10年後、私は英国に移って、神に賜った隣人たちの中で神と人に仕えていました。神が予想外の冒険に招かれていると悟り、思い描いていた未来図を転換させたのです。
親切な行い
バレリーは流産で子を失い、ずいぶん経ってガレージセールをしました。地元の木工職人のジェラルドはそこでベビーベッドを買いましたが、セールの背景を知りました。そして、そのベッドで子どもの形見の品を作ってあげようと思いました。翌週、彼は美しい長椅子を贈りました。「世の中捨てたもんじゃないわ」とバレリーは言いました。 「こんな親切な人がいるのだから」
いつくしみ深き友
しばらく会えない間に、旧友はがんだと告知され、治療を始めました。彼の住む州に行く用事が思いがけずでき、再会することになりました。待ち合わせの店に入り、顔を合わせるや、2人の目に涙が溢れました。もう長く同じ部屋で語らっていません。そして今、死の気配が人生のはかなさを暗示しています。一緒に笑ったり、ふざけたり、冒険したり、泣いたり……。長年の数々の思い出がよみがえり、涙がとめどなく溢れました。見つめ合う目から流れるのは、互いの間にある大きな愛でした。
証人
ヘンリー・W・ロングフェロー(1807-1882)の詩『証人』は、沈没奴隷船を描いています。彼は「鎖につながれた骸骨」とつづり、無数の無名の犠牲者を悼みます。そして「これらは奴隷の悲痛な叫び。彼らは奈落の底からにらみつける。名もない墓から叫ぶ。我らはその証人!」と終わっています。しかし、この証人たちは、誰に向かって語るのでしょう。沈黙の証言など無駄ではありませんか。
神の永遠の教会
子ども連れの若い女性が来たのは礼拝の終了間際でした。「教会は終わりですか」ときかれたので、受付の人は、近くの教会の第2礼拝がもうすぐ始まると伝え、送りましょうと申し出ました。その女性は、とても感謝している様子でした。受付の人は後からこう思いました。「教会は終わったか。いや、決して終わらない。神の教会は永遠に続く」と。