信仰の種
昨春、庭の芝生のエアレーションをする前夜、強風が吹いてカエデの種が落ちました。エアレーションとは、固まった土に穴を開けて、土壌の通気を良くすることです。結果として、私は何百というカエデの種を庭に植え込んでしまい、たった2週間で、芝生の中にカエデの幼木の森ができていました。それを困ったものだと思って見ていたのですが、ふと、たった1本の木がこんなに多くの新しい命を生み出したと気付き、感動しました。
イエスのように愛する
ジョージア州アトランタの駅で、ワイシャツにフォーマルなパンツ姿の若い男性がベンチに座り、ネクタイを結ぼうと悪戦苦闘していました。初老の女性がその様子を見て、夫に手伝うように促しました。高齢の男性が、前かがみになって青年を助けていると、通りがかりの人が3人の様子を写真に撮りました。この写真がネットで拡散されると、多くの人が親切についてコメントしました。
赦しの力
宣教師17人が2021年、犯罪組織に誘拐されました。組織は全員を殺すと脅迫してきましたが、幸い、全員が逃げたり解放されたりして無事でした。彼らは安全が確保されると犯人たちにメッセージを送りました。「イエスはみことばとご自身の模範によって、愛の力は暴力に対する憎悪に勝ると教えられました。ですから、あなたがたに赦しの手を差し伸べます」
レンタル友だち
世界中で人間関係が希薄になっています。友だちゼロという人の数は、アメリカでは1990年の4倍です。国民の20%以上が独りだと感じている欧州の国もあり、BBCニュースは、刑務所に行けば仲間がいるという理由で犯罪を繰り返す日本の高齢者について報じています。
大きな愛
受難週の直前、フランス南西部のスーパーにテロリストが押し入り、2人を殺害し、人質を取って籠城しました。その後、皆を解放しましたが、1人の女性だけは人間の盾に残しました。治安当局のアルノー・ベルトラーメは、人質の身代わりとなり、犯人ともみ合い負傷して亡くなりました。
和解の関係
子どもの頃、妹とよく姉妹(きょうだい)げんかをしましたが、その一つをはっきり覚えています。互いにののしり合う中で、妹は当時の私が赦せないと思うような発言をしました。私たちのいがみ合う様子を見た祖母は、互いを愛し合う責任があると諭しました。「神様が下さったたった2人の姉妹よ、もう少し優しくしなくてはいけないでしょ」と言いました。相手に対する愛と思いやりを下さいと2人で祈ったところ、自分がいかに相手を傷つけたかが分かり、赦し合うことができました。
機会を捉える
シン・イーは大学入学前の長期休暇に高校生伝道の団体でボランティアをしようと決めました。しかし、時期が悪いように見えました。コロナ禍で人との接触が難しかったからです。ところが、シン・イーはよい方法をすぐに見つけました。「いつもなら、未信者の学生には学外で声を掛けて、ファストフード店やショッピングモールで会うのですが、今回はクリスチャンの仲間とズームで互いのために祈り、未信仰の学生たちには電話をかけました」
イエスの元に走る
パリを旅行中、ベンと友人たちはある美術館に行きました。ベンの専攻は美術ではありませんでしたが、ウジェーヌ・ビュルナンの『復活の朝、墓へと走る使徒ペテロとヨハネ』を見て畏敬の念を抱きました。ペテロとヨハネの表情や手の位置は、言葉は無くても多くを物語っています。彼らの立場になって、その心の興奮を感じなさいと鑑賞する人々に呼びかけています。
人に仕えるという挑戦
ディアビオンはまだ13歳でしたが、人助けに挑戦しました。夏休みに50カ所の芝刈りを無償で行おう、と子どもに呼び掛ける人がいると聞いたのです。それは、帰還兵やシングルマザー、障害者の家庭、それ以外でも助けが必要な人に仕えることです。この運動を始めたのは、米国50州で50カ所の芝刈りをした人で、労働倫理や地域に恩返しすることの大切さを教えていました。夏休みの楽しみ方には選択肢がありますが、ディアビオンは人に仕えることを選び、やり遂げました。